家内の父は和19年12月に戦死、
家内3歳である。
南方洋上にて戦死、
の通知を今まで頭に置き
洋上で軍艦が沈没して
戦死した事だけが胸にあった。
歩けるうちになんとか
慰霊をしたいと言うので、
私が厚生労働省に問い合わせて
戦死場所が判明した。
パラオ共和国のペリリュー島であった。
当時の帝国軍隊ペリリュー基地で12000人が
昭和19年11月に全滅していたのである。
今でも当時の戦車や塹壕が
そのままになっている、
それを知った家内とその姉は
どういう気持ちであったか、
もっと早く調査すれば良かったとつくづく思った。
足の悪い家内に連れ添って
慰霊に行く手配をした。
国のために亡くなってから66年目である。