私は、「どうすればできるようになりますか?」と聞かれたとき、「経験だよ」と答えるのは、指導者の敗北と考えています。なぜなら、経験で身につくなら、指導者は不要だからです。経験で身につけるには時間がかかりすぎるから、その近道を教えてあげるのが指導者だと思っています。
たとえば、「どうすれば英語が読み書きができますか?」と聞かれて、「経験だよ」と答えるなら、英語の先生は不要です。確かに膨大な経験を踏めば、英語の読み書きはできます。ネイティブはそうやって習得したのですから。しかし、そんな時間は無駄だから、習得の近道として、文法を指導したりするのです。
「経験だよ」と答えてよいのは、ルールを身につけるときです。たとえば、「三人称単数が主語の場合、一般動詞にはsを付ける」というルールを身につけようとすれば、このルールを意識して文をたくさん書くしかありません。意識して書き続けると、ルールを無視した文は書けなくなります。書くと気持ちが悪くなるのです。
逆に言えば、経験でしか身につかないと思っていたことを、「こうすればできる」と指導できる人がよい指導者です。「この日本語を英語にするとこうなる」ことをステップ・バイ・ステップで説明できるのがよい指導者です。正解だけを示して、なぜその正解が頭に浮かぶかは経験次第というなら、指導者失格です。
ちなみに、「文章が上手になるには?」と聞かれて、「たくさん書くこと」と答える教育者は非常に多いです。