「もう帰ろうか...」



そんな私が向かったのは、出口ではなく、ジャグジー(採暖室)でした。

とりあえず、冷えた身体をあたためてから、やり直そうと思ったからです。
諦めきれなかったからです。

と言っても、どうにも怖さはなくならないため、鬱々とした気持ちでジャグジーをでて、再度、1mの飛び板に向かいました。

あたたまったおかげか、多少力みは抜けたものの、やはり1mの飛び板は変わらなく見えます。


そんなとき私の目に飛び込んできたのは、小学校高学年から中学生くらいの女の子が、なんの躊躇もなく、3mから飛び降りる様子でした。

その子は、私がジャグジーに行く前からダイブしていましたが、来て最初の飛び込み前に、付き添いのおじさん(父親?叔父?)が先に飛んでから、その子もダイブしていたのと、30cmから飛び込むのを見たのと、飛び込みのフォームを無視して飛んでいるので、多分今回が飛び込み初回だと思われました。

なのに、何の躊躇もなく、「スーーッ、ザバーーーン」とダイブする姿は、私にとって衝撃以外の何物でもありませんでした。

あまりに驚いた気持ちをつたえるため、私はその子に話しかけることにしました。

私「あなたすごいね!怖くないの?」
女の子「あ、ありがとうございます。登ったときに見える景色は怖かったけど、ノリで飛んじゃいました♡」
私「そ、そうなんだ、いや、本当すごいよ」

その子のおじさんにも、「すごいですね」と声をかけたところ、「いや、こいつ高所恐怖症なんですよ笑」と返ってきました。
女の子は横で「楽しかったー♡」と言っています。
私は、「...練習頑張ります」と言い、元の場所へ戻りました。


そうして、何度も、30cmから飛び込む練習を繰り返しました。
「ノリ・勢いでやれば出来る」 
「恐怖心は、未知に対して起こる。飛び込むのに馴染めば、恐怖心は薄れて飛べる」と仮定をたてて、ただ練習しました。

そして、自然と1mへ挑戦する気になったとき、飛び板へ向かいました。


飛び板の上を歩き、先頭まで進みます。
怖いです。
何度か、行きては戻り、を繰り返しました。
先頭で立ち止まるのではなく、歩いてきた流れで、飛ぼうと思ったからです。
怖くて、「何故こんなことをしているんだ。怖い、嫌だ」という、やり切れない気持ちにもなりました。
先頭に来て、「今なら、飛べる!」という感覚になっても、飛べずに戻ることもありました。

しかし、深呼吸して、肩をだらりと下げ、何度目か先頭にたどり着いたとき、私の脚は飛び板を離れました。
水に向かい、飛んでいました。

そして、水に落ちて浮上しながら、

「やった!
飛べたぁぁぁぁぁああああ‼︎」

と、心の中で歓声を上げ、壁を自ら乗り越えた確固たる感触、嬉しさに、打ち震えながら涙を流しました。

大げさに聞こえるかもしれません。

しかし、「0.3mで終わりにする?」を読んでいただければ分かるように、私は1mから飛ぶのが、本当に怖かったのです。何度も何度も、躊躇を繰り返したのです。動かない身体に、飛べる気配なんて、感じられなかったのです。


だけど、飛べた。


いくらでもやめる機会はあったのに、飛ぶことが出来た。

本当に嬉しくて嬉しくて、涙が出ました。顔がくしゃくしゃになりました。
プールサイドに上がった身体は、ゆらゆらしていました。

飛び込めたときの、水の感触だけでなく、「私はやった」という、大きな塊りのような気持ちを手に入れた感覚は、忘れられないです。
「これは、誰にも盗まれないし誰とも比較できない、私自身が得た確実なものだ」と思いました。
そんな素晴らしい経験は、生まれて始めてでした。