30回にわたるブログ記事と、メルマガへたくさんの反響をいただきました。
最近、改めて思うことを書かせていただきます。
日本って、“気が利く人”に依存しすぎではないですか?
しかも厄介なのが、その依存が、極めて美談っぽく処理される風潮。
-
空気を読める
-
周囲に配慮できる
-
先回りできる
-
相手の気持ちを察せる
これらが全部、社会では「素晴らしい能力」みたいに扱われる。
でも悲しいことに、現実は、その“気が利く人”から順番に壊れていく。
これは地獄のようだと思いませんか?
特に、保育・看護・介護・接客・事務。
あと、育児中の母親。
この領域に関しては「感情労働」が多すぎる、という現状。
つまり、仕事そのものより、“場の空気を壊さないこと”にエネルギーを使ってる。
しかも、それをやってる人ほど、周囲からは「ちゃんとしてる人」に見える。
だから、さらに仕事が集まる。
さらに頼られる。
さらに背負う。
そして、限界を迎えて壊れてしまう。
そのときに決まって周りはこう言うのです。
「え?あの人が?」
いや、むしろあの人だから壊れたんだよ。
って話なんですよね。
なぜなら“ちゃんとしてる人”は、限界になる前に助けを求められない。
周りに迷惑かけたくない。
空気悪くしたくない。
期待を裏切りたくない。
そうやって、自分を最後尾に回し続ける。
結果、静かに壊れる。
さらに残酷で恐ろしいことに、本人すら気づいてないことが多い。
「みんな頑張ってるし」
「私なんかまだ甘いし」
「もっと大変な人いるし」
こう心の中で反芻して、ずっと自分を黙らせているのです。
でも、これを続けていると、本当に“自分”が消えます。
何が好きなのか。
何が嫌なのか。
何がしんどいのか。
分からなくなる。
そして、「ちゃんとしなきゃ」だけが残る。
これほど危険で恐ろしいことはないのに、世の中はそこを問題にしない。
むしろ、
-
協調性
-
配慮
-
忍耐
-
自己犠牲
この辺を美徳として回してる。
これ、世で言うブラック企業の思想と同じではありません?
しかも、真面目な人ほど、このゲームに適応してしまう。
反吐がでる構造そのものなのです。
だから、
頑張れる人ほど損をする。
察せる人ほど疲弊する。
優しい人ほど壊れる。
でも、これは本人の弱さではない。
“察する人に依存して成立する構造”の問題。
私自身、保育士として働きながら、家事育児もしていました。
死に物狂いの毎日でした。
今振り返ると、仕事そのものより、
“常に誰かの感情を処理し続けていた”ことの方が、圧倒的にしんどかった。
先輩の機嫌。
保護者の温度感。
職場の空気。
家庭内の空気。
全部見て、全部調整して、全部回収していたのです。
そりゃ、壊れます。
でも当時は、「自分が弱いから」だと思ってました。
もっと要領良くできれば。
もっとメンタル強ければ。
もっと頑張れれば。
ずっとそう思ってた。
でも違ったんですよね。
問題は、“頑張り続ける人”に依存する構造だった。
だから最近、本気で思うんです。
優しい人ほど、もっと自分を守った方がいい。
全部察しなくていい。
全部背負わなくていい。
空気を回収し続けなくていい。
じゃないと、最終的に、誰も幸せにならないから。
ちなみに、この辺の話をもっと踏み込んで、
-
なぜ“察する人”から壊れるのか
-
保育士時代に感じた感情労働の地獄
-
「ちゃんとしてる人」が損をする構造
-
どうやって少しずつ自分を取り戻したか
について、noteでかなり本音で書きました。
タイトルは、
『“察して動ける人”から壊れていく。』です。
多分、真面目な人ほど刺さると思います。
↓【無料配布中】誠実さの処刑
── なぜ、あなたの「頑張り」は、あなたを殺す刃になるのか。
メルマガ講座&note