耐震偽装訴訟の判決について | 第6の権力 logic starの逆説

耐震偽装訴訟の判決について

2月24日に、姉歯元建築士による耐震偽装事件について、強度不足が判明してホテルを建て替えたホテル経営者が、建築確認をした愛知県を相手取って提起した訴訟で、愛知県の損害賠償を認める判決が名古屋地方裁判所でありました。

多くの新聞がとりあげていますが、現在のところ、客観的なスタンスでの報道が大勢のようです。

このブログの趣旨から、この判決を批判する立場で、少し書いてみたいと思います。


要するに、十分な審査をすれば、設計が安全でないことは把握できたにもかかわらず、把握できなかった、というところに、判決は、愛知県の責任を認めているようです。

判決は、建築主事は建築物の安全性を確認する専門家であり、建築主の信頼にこたえるための注意義務があるとしています。

しかし、本当、愛知県が建築主に対して法的な「義務」を負っているのでしょうか。


愛知県が建築確認をしているのは、誰のためでしょうか。

建築主であるホテル経営者のためにおこなっているのでしょうか。

そうではありません。

愛知県が「義務」を負っているのは、県民、国民に対してです。

この建物が地震により倒壊し、通行人に被害が出ないようにするために、建築確認をおこなっているのです。

もし、本当に建物が地震によって倒壊し、通行人に被害が出た場合に、その被害者が愛知県に対して損害賠償を求めるというのであれば、理解できます。

しかし、建築主が愛知県に損害賠償を求めるというのは、理解できません。


建築主こそが、本来、安全な建物を建てる義務があるのです。

他人を危険にさらすような、危険な建物をつくってはならないのです。

その義務に違反した建築主が、愛知県に、税金から、損害の補てんを求めるというのは、なにかおかしくないでしょうか。

安全な建築物をつくるということでは主体が建築主で、そのチェック・サポートをするのが県です。

整備不良の車で事故をおこしたり、スピード違反で事故をおこしたドライバーが、ちゃんと事前に取り締まってくれれば、事故はおこさなかった、と言って、警察を相手に損害賠償を求めたら、その請求は認められるでしょうか?

それとよく似た状況だと思っています。


なお、この件で最も責任があるのは、姉歯元建築士であることは間違いありません。

ホテル経営者は、姉歯氏を相手どって訴訟をすれば、絶対に勝てるのです。

しかし、姉歯氏には、損害を賠償できるだけのお金がありません。

それで、税金による補てんを求めた、というのが、今回の訴訟なのです。


このような判決がなされれば、建物を建てようとする人は、どんな建築士に依頼をするようになるでしょうか。

能力が高く、資金もある建築士は、報酬も高いと思われます。

そういう建築士にホテル経営者が依頼をしていれば、耐震偽装などおこらなかったし、仮におきても、ホテル経営者の損害は建築士からの損害賠償で解決ができます。

しかし、最終的に損害が発生しても税金から損害が補てんされるのであれば、能力がなくても資金がなくてもよいので、報酬の安い建築士に依頼をすればよい、ということになりはしないでしょうか。

結果的に、安全に問題のある建築物が増える、誠実で能力のある建築士は高い報酬のために依頼がなくなり廃業せざるをえなくなる、ということになってしまいます。


さらに、判決は、法定の項目以外も県は審査して安全を確認する必要があると言っています。

建築確認は、行政の規制ですので、できるだけ範囲を狭くして、裁量をなくするほうがよいはずです。

このように、県は法定項目以外の審査をすべきとして、県の賠償責任を認めると、建築確認審査はきわめて厳しくなるでしょう。


こうした社会全体の影響を考えることを裁判官はしていませんし、そのためのトレーニングもしていませんので、それ自体を批判するつもりはありません。

だから、裁判官は、こうした社会全体のことを考えてつくられた(はずの)法律のみに基づいて判断をするわけです。

ところが、「愛知県がホテル経営者に対して義務を負っていたか」という、もっとも基本的な法律判断をせずに、おそらくフィーリングで、<しっかり審査していれば防げた>ということのみから判決を書いてしまったと思われます。わたしは、そこが問題だと思います。


判決は、建築確認審査は危険な建築物を出現させないための「最後の砦」だと言っています。

しかし、「最初の砦」が建築主なのであり、そもそも、建築主に安全な建物をたてる義務があるのです。

「最初の砦」を守らなかったホテル経営者が、「最後の砦」を守れなかった県を訴えたのが、今回の裁判です。

その「砦」は建築主の利益を守るためのものではなく、県民・国民の安全を守る砦であるはずなのです。