子育て期にある社員の残業規制について | 第6の権力 logic starの逆説

子育て期にある社員の残業規制について

子育て期にある社員について残業を規制しようという案を労働政策審議会で厚生労働省が示しました。これ自体は、ひとつの案にすぎず、必ずしも政府の考え方というわけではないかもしれませんが、少し書いておきたいと思います。


10年ほど前は、女性の残業や、深夜勤務について、規制がありました。これが、女性の社会進出への妨げとなっているということから、撤廃されました。撤廃前の状況で、女性と男性の能力がイコールなら、いざというときに徹夜してでも仕事をかたづけられる男性のほうに、責任ある仕事を任せようと思うのは、経営者としては当然でしょう。


子育て世代の残業規制も、だから子育て世代には重要な仕事を任せられない、ということになってしまうのではないか、という危惧が生じます。

ただ、女性の残業規制は、本人が深夜でも働きたいと考えても、深夜勤務をさせることができないという規制でしたが、案として示された子育て期の残業規制は、本人が希望する場合のみ適用されるようですから、同視できないでしょう。

また、女性か、男性か、ということは、あたりまえですが、採用する前から決まっています。女性より男性に責任ある仕事をまかせる、ということだけではなく、女性よりも男性を採用する、という判断に傾く可能性があります。子どもができるかどうかは採用時にはわかりませんので、採用差別にはつながらないと予想される点も、女性の残業規制と同視できないところです。


まず、指摘しておきたいのは、実は、現在でも、企業は、社員の子育てに配慮しなければならないということなのです。それは、労働時間設定改善法に定められています。この法律は、これまでの契約関係や労働関係を根本的に変える内容を含んでいます。


さて、この問題をつきつめると、企業がいつでも労働者に残業を命じることができるのがおかしいのではないか、というところに行き着きます。

労働者は、たとえば1日8時間の労働を提供して、その対価として、8万円の賃金を得るわけです。

ある人が、8個の卵を80円で買うという契約をしていたとして、買主が一方的に、100円だすから、10個売れと命令できるでしょうか。そんなはずはありません。

しかし、労働関係においては、使用者が一方的に10時間働け、と命令できるとされています。判例もあります。ところが、実は、そんなことは法律にはどこにも書いてありません。


なぜ使用者が労働者に一方的に残業を命令することができるかを考えると、それは、わが国の終身雇用制度と関係があると思われます。一度正社員として雇用すると、企業は原則として社員を解雇することができません。(そういう判例もありますが、これも法律に書いてあるかどうかといえば、あやしいというべきです。)

そこで、企業としては、仕事の繁閑の調整を、社員の雇用と解雇ではなく、残業でせざるを得ないのです。

また、一人の社員を定年まで雇用して能力を発揮してもらうためには、細切れの作業を割り当てるのではなく、ひとまとまりの仕事を割り当てて、社員の能力の向上をはかり、より責任のある仕事へのステップとして、将来は幹部職員にもなってもらいたいと考えます。

何時間この作業をせよ、ということではなく、この仕事をいつまでに終わらせろ、という割り当てをするわけです。トラブルがあれば、責任を持って対応することが求められ、残業してでも仕上げることが期待されます。


こうした根本的な問題を考えずに、子育て期の残業規制をして問題が解決するというわけにはいかないだろうと思います。

ただ、終身雇用制度のもとにおいては、社員に継続して働いてもらい、能力を発揮してもらうことを企業は求めますので、子育てでやめられるよりも、残業規制をして継続して働いてもらいたい、と考える企業は多いかもしれません。


残業しない社員と、残業している社員とを同じ扱いとすると、残業している社員からは不満がでるでしょう。また、そこで差別をすると、残業規制を申し出る社員も減るし、子育て支援にならないではないかという批判がでるでしょう。

これは、育児休業でも同じ問題があります。

終身雇用制度に結びついた年功序列賃金を採用している企業では、勤務年数により、賃金があがっていきます。その典型である公務員は、とくに問題がなければ、毎年賃金があがります。

育児休業をとった人は、普通に考えれば、その期間を働いたと考えることはできないでしょう。そうしないと、育児休業をとらなかった人から不満がでますし、勤務年数により賃金があがるというのは、本来は、勤務年数により能力がついたはずだから給料があがるという能力主義の考え方が背景にあるからです。

しかし、公務員については、育児休業をとっても賃金があがるという制度をとっているところもあります。あまり考えていないのでしょう。

いっそのこと、年功序列賃金をやめて、職階制をとり、年数ではなく、本当に能力の向上が認められた場合にのみ職階があがり、賃金もあがるとすれば、この問題は解決します。育児休業をとっている時には賃金はあがりませんが、育児休業をとったこと自体はハンディにはなりません。


他方、保育園についても問題提起をする人がいます。

両親正社員で共働きという高所得世帯の保育のために、多額の税金をつぎこむことが正当化されるのかどうか、ということです。

高所得世帯は、高額納税世帯ということを考えれば、正当化できるという考え方もありますが、そのくらいなら税金を下げて、高所得世帯の保育は自己負担としたほうがよいかもしれません。


わたくしの見解としては、企業が一方的に残業を命ずるのは幹部候補社員であるはずであり、そうした社員には、もっと賃金を払うべきだということです。


片働き(専業主夫・専業主婦)ではなく共働きをスタンダードとして考えると、比較的低賃金だが毎日定時で仕事を終えて子育てをする家庭と、高賃金で残業もして子育てにはベビーシッターなど高額の保育サービスを活用する家庭とがあってよいと思います。

前者に対しては残業規制は有効だろうと思います。

後者に対しては、賃金を高くして、税金が投入されない高額の保育サービスを利用できるようにします。この場合、父子・母子家庭でも、高額のサービスが利用できるくらいの高賃金が求められます。そこまでの賃金を出す幹部候補社員なら、ホワイトカラーエグゼンプションを適用してもよいのではないでしょうか。


要するに、一般社員と、幹部候補社員との格差を認めて、幹部候補社員については金で解決するしかない、ということです。格差是認+金で解決ですので、反発が強いだろうと思いますが、子育て支援にはこれが有効ではないかと思います。一律の制度で対応しようとするほうが無理があるのではないかと思われます。


もうひとつ考えれば、終身雇用制度をやめて、解雇を自由化することです。解雇されやすい社会は転職しやすい社会です。子育て期には転職してペースダウンして働き、子どもが大きくなったらまた転職してキャリアップをめざす。それがハンディにならない社会をめざすということです。


いずれにしても、子育て社員の処遇を考えるには、終身雇用制度や年功序列賃金といった、わが国の労働慣行や労働政策の根本を考えざるをえないということになります。

子育て社員の処遇に限らず、世界的にみてきわめて特殊なわが国の終身雇用制度を抜きにして、労働問題を語ることはできないでしょう。