『先日読んだ本の内容に「計画は環境の変化に対応できない」「計画信仰は言
葉を換えれば"計画幻想"です。計画は個人や企業から自由を奪い、ムリ・ムラ
・ムダを生みます」というフレーズがあり妙に納得してしまいました』
というメルマガ編集者の編集後記のような声が掲載されていました。
この方曰く、
1)経験則として計画通りに事を運べなかったケースが多い
2)計画段階でベストと思われた考えも刻々と変化する状況において計画そのものに壁を感じることがある
3)現代社会における環境の変化スピードが速く、情報の陳腐化も早い
4)従来の考え方は「計画とは全うする事が常識」という一面性に捉われてきた社会風土があった
したがって、
『「計画は環境の変化に対応できない」という現実があることも踏まえたうえで「計画をたてないのも一つの選択肢」という発想をもつことが必要』
という考え方なのでしょう。
この「意見」を拝見した時に、確かに
・現代社会においては変化のスピードが速く、紙ベースで作成した時点の「計画」は陳腐化している事がある
・「計画」=「計画通りにものごとを進めなければならない」という固定概念を持っている人は多い
と思うので「なるほど」と符合する部分もかなりあった。
しかし『「計画」の捉え方を変えればよいだけで「計画自体が悪」「計画を立てないのも選択肢」』は、一見、新しい発想に聞こえて、耳障りはいいが、ちょっと乱暴じゃないの?とも思った。
「計画」について、「計画とは」例えば、
『目標を設定すること、並びにその目標を達成するために必要な運用プロセス及び関連する資源を規定することに焦点を合わせたマネジメントの一部』
と位置づけたらどうだろう。
つまり「計画」はマネジメントするための概念であって「計画」という概念がなければマネジメントは個々人の「思いつくまま」「無手勝流」「その場その場で適当に」と化してしまうだろう。
冒頭の「ある本の著者の論調やメルマガ編集者の意見」でイメージする「計画」とは、
・やるべき工程の項目が細かく計画されている
・各工程の担当者が明確に計画されている
・各工程の詳細スケジュール(日程)が計画されているいる
・計画したことは守る事が前提であり、守れないとしたらそれ自体が問題
というようなシロモノをイメージしているのではないだろうか。
「業務や課題」に取り組むときには、それが個人であっても、組織であっても「なんらかの進展を予測し、方向付けや達成目標や実施の優先順位、スケジュール(もわっとしたもの、文書化されていないイメージ的なものも含めて)」を少なくとも無意識ではしている。
そうでなければ、「業務や課題」を管理する人も、実施する人も、実施された後の効果を期待する利害関係者もが「何の道しるべ」もないことになってしまう。
例えは適切でないかもしれないが「ぶらり途中下車の旅」だって「旅行会社が計画するような詳細行程表」はないが「できるだけ俗化していない穴場的スポットを回る」「庶民感覚の予算で行ける範囲をまわる」「時間に追い立てられない旅をする」などの「計画」少なくともあるだろう。
『「計画は環境の変化に対応できない」という現実があることも踏まえたうえで「計画をたてないのも一つの選択肢」という発想をもつことが必要』
の本質は、
・当初計画と実施段階の差異を認識(監視)せずに見直しをしないことは問題
・闇雲に「一度決めた計画をひたすら守る」という考えは問題
・変化にフレキシブルに対応できない「計画」であるなら問題
であって、「計画を立てる必要ないという選択肢もある」は真理ではないと思う。
と、ここまでのこの文章を書いていて、しょこたん(タレントの中川翔子さん)が出演しているノンバンクのCMの以下のセリフを思い出した。
「収入と支出のバランスを考え、無理のない返済計画を」
「借りる前に返せる自分を想像してみる」
・・・やっぱり「計画は必要だし、マネジメント上、意識すべきものだ」と(笑)。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカルシンキングのススメ メルマガ67号より)
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