10月31日

錦秋の候が訪れ今日で10月が終わる。

木々は赤と黄色に色づきすっかり秋らしい光景が広がっている。外は肌寒く日暮れになるのが早くなり外はもう夕焼けに染まっていた。

そして、今日は一年に一度のビックイベント「ハロウィン」の日。みんな仮装してお菓子を貰うという楽しい祭りが訪れたのだ。街中にいる人達はそれぞれ好きなキャラクターの仮装をして笑っている。

仮装を楽しんでいるのはごく一般人だけではない。

 

有楽町にある某ビルでは映画の舞台挨拶が開かれていた。

一週間前に全国の映画館にて公開された映画の大ヒット御礼舞台挨拶を行っていたのだ。ハロウィンの東京を舞台に警視庁刑事課に所属する正義感溢れる刑事が正体不明の謎の人物「JACK」による爆破テロを防ぐ為、熾烈な戦いが繰り広げるノンストップ・ミステリー映画だ。舞台上には本作に出た俳優一同と監督が立っていて司会者のインタビューを順番ずつ答えている。今日は本作の舞台と同じハロウィンという事でそれぞれ個性的な仮装姿を披露している。

モンスターからアニメや映画のキャラクターまで個性豊かなファッションセンスにみんなは盛り上がっていた。

舞台の上に立つ彼らの目の前には遊太の姿が見えた。二番目の列で片手にメモとシャーペンを持って彼らが話している内容を聞いていた。隣にはカメラを膝の上に乗せて待機している若者がいた。シャキンと背筋が伸びていてパリッとしたスーツを着こなし緊張しているかのような面持ちをしながら舞台上でトークを続ける芸能人達を見守っていた。

遊太は今回の映画の舞台挨拶をネタに次のネットニュース記事に載せるつもりだ。名を連ねる豪華俳優達が勢揃いで撮影での思い出や拘ったシーンやアクション、撮影休憩中の出来事など詳細を話し報道やメディア陣だけでなく後ろの席に座っている観客達に話した。彼らは「舞台挨拶の観覧」という切符を手に入れる為の厳しい争奪戦に勝ち抜き選ばれた猛者共だ。

遊太達報道・メディア陣は「招待状」というオールマイティパスを持っているので激戦の渦に飲まれる心配はなかった。争奪戦に参加した一般客の軍勢を簡単にすり抜けたマスコミはかなりラッキーだといえよう。スポンサーにとって今回のメディアの取材や撮影は良い番宣になるだろう。より多くの人に今作の映画を知ってもらう為にはメディアの力でより拡散してもらう必要がある。そうすれば、映画の興行収入や観客動員数がもっと増えるはずだ。いわば、メディアの人達は映画の宣伝兼ねての広報人ともいえる。遊太はシャーペンを動かしながら出演者達の話を聞き書き留める。そして、記者から俳優達に対する質問タイムが始まった時は、真っ先に手を挙げた。

 

大ヒット御礼舞台挨拶は二時間が経過して終了した。出演者達が舞台を退出後、司会者の退場案内の説明を受けながらメディアの人達は片付けを進めた。先に退場したのは抽選で舞台あいさつに参加できた一般人客からだ。

しばらくしてメディア陣が会場を出ると外はもう真っ暗になっている。秋は本当に夜になるのが早い。ついさっきまで夕方だったのが嘘のようだ。遊太は後輩と一緒に会場の外に出るとかなり肌寒い風が吹いていた。秋の夜風は冷たい。冬ほどではないが上着が必要なぐらいの肌寒さだ。

今日使ったメモや筆箱、ノートPCなどが入っているバッグを背負っている遊太は後輩と一緒に外に出て会話していた。

「今日はお疲れ様。眠くならなかったかい?」

冗談交じりで話す遊太に後輩は答えた。

「全然大丈夫です。眠いというよりちょっと緊張しました」

スーツを着た後輩はしっかりとした声で先輩に対する質問に答えた。

「初めての舞台挨拶での取材だったもんね。どうだった?大きな会場での取材は?」

「とても興味深かったです。いつもは松田さんの後をついて行きながら普通のスタジオでモデルさんや芸人さんの取材に立ち会っていたのでとても新鮮に感じました。しかも、生の岩田将人をこの目で見られるなんて感激しました」

岩田将人は、今回の映画の主演を務めた有名俳優だ。40代半ばの男優だが力強い肉体美と高いルックス、明朗快活な性格で多くのファンの心を掴んでいる。彼の功績は大きく作品数もとても多い。最近では有名な海外映画に出演して話題を呼んでいた。一緒に同席した後輩は岩田将人のファンだったのだ。そして、遊太と一緒に舞台挨拶の観覧に参加した後輩 阿久津くんは同じ芸能部に所属している今年入社したばかりの新米記者で普段は遊太の仲間でもある同僚記者の松田の元で仕事をしている。今回、阿久津くんには芸能記者としてもっと視野を広げてもらう為にカメラ担当として遊太と同行したのだ。もちろん。彼に指示したのは社長の藤森だ。阿久津くんにとって遊太と一緒に仕事をするのは今回が初めてで大きな会場での取材に参加するのも初だ。なので、初めての大会場での舞台挨拶の取材ということで張り切ってスーツで来たのだ。スリーピーススーツでしっかりと着こなしている彼だが遊太はスーツではなくラフなカジュアルな服で来ていた。

「別にスーツじゃなくてもいいのに」

「自分もそう思いましたが、初めて大きな会場でのしかも舞台挨拶というビックイベントの取材だったのでつい張り切っちゃって。でも、こういった大きな取材をする時はしっかりとした服装じゃないといけないと思って。それに、スーツの方が社会人として相手を敬意を表しながら自分が礼儀正しい人物だと印象を与えてくれるじゃないですか。やっぱり、人間は第一印象が大事ですから普通の取材とはいえスーツの方がビシッと決まった方がマナーとして最適ではないかと自分は思います」

「それりゃあ、まあそうだね。うちの会社は服装が自由でも仕事の内容によっては服装が変わる時があるからね」

この阿久津くんは何気に真面目な子なのだ。今までは見かけたら軽い挨拶ぐらいしかできなかったけどこうして話すのは初めてだ。顔を合わせた時もそうだが彼はしっかり者の素直そうで誠実そうな印象があった。今日実際に会ってみるとその印象通り、しっかりしていて素直でありながら真面目中の真面目な好青年だった。同僚の松田も彼に対して真面目だけど真面目すぎる子だと話を聞いていたのでなんとなくわかる気がする。それに、阿久津くんは優秀な子でもあって大学時代ではアメリカのスタンフォード大学に一年間留学した経験があるとか。専攻学科は外国語学部英語学科でコミュニケーション学も学んだ経験があると聞いている。なぜ、SF(ソーシャル・フレンズ)に入ったのか遊太は知らないがそれは置いておこう。

「撮った写真のデータ化は明日にして今日はそのまま退勤しよう」

「会社に戻らなくていいんですか?」

「この時間から会社に戻ったとしてもきっと閉まっているだろうし。社長の連絡は僕からしておくから今日の仕事はここで終了。せっかくだしどっか食べて帰るか」

遊太は近くにいい店はないかスマホで調べようとした時、阿久津くんが声をかけてきた。

「あの。今日、ハロウィンでしたよね?」

「そうだけど?」

「その・・・あの」

モジモジとしながら何か言いたげにしている後輩を見て遊太は言った。

「何か言いたかったら遠慮しないで言ってもいいんだよ」

後輩の前で優しく声をかける遊太に阿久津くんは顔を上げてはっきりと言った。

「自分、東京に上京してまだ間もないのですが渋谷のハロウィンを見てみたいです。秋田にいた時はテレビでしか観た事がなかったので実際にこの目で見てみたいなと思っていたんです。宮田先輩。一緒に渋谷のハロウィンに行ってもいいでしょうか?」

渋谷のハロウィン。この季節になると必ず開催されるビックイベント。海外のハロウィンとは全く違って人それぞれ好きなキャラにコスプレして渋谷を徘徊しながらお菓子を貰う。それだけじゃない。道は混むしナンパも多い。商業主義の産物ともいえよう。騒がしいし差し詰め状態でギュウギュウ。特に問題なのはトラブル。乱闘騒ぎもあれば問題行為も多いイベントなので気をつけて行かないといけない。それでも、日本人にとっては年に一度だけのお楽しみでもあって外国人にとって日本のハロウィンは母国とは違う文化なので新鮮味があるのか人気観光スポットの一つになっている。渋谷のハロウィン目的で来る外国人観光客の訪日は日本経済にとってこの上ない喜びともでもいえよう。

遊太は一度、友人達と一緒に渋谷のハロウィンに参加した事がある。めちゃめちゃな人混みでとても騒々しかった。中には妙な人に絡まれそうになったりナンパされかけたりと結局、それっきり渋谷のハロウィンは行っていない。遊太にとって渋谷のハロウィンは単なるコスプレ大会の成り上がりとしか思っていない。正直、あんな差し詰め状態のどんちゃん騒ぎは行きたくないが、可愛い後輩のお願いを断るわけにはいかない。拒否したら先輩としての面子が立たない気がするのだ。先輩としてまだ入社したばかりの可愛い記者の卵の期待を裏切るわけにはいかない。

遊太は覚悟を決めて「分かった。せっかくだし行ってみるか」と伝えると阿久津くんはとても嬉しそうな顔をした。

 

渋谷スクランブル交差点

日本の観光名所の一つといっても過言ではない有名な場所。映画やアニメにも使われることが多く訪日観光客の間では名物スポットとして世界中に広まった。日本都市の象徴ともいわれており「世界でもっとも有名な交差点」また「世界で最も混雑している交差点」ともいわれている。渋谷スクランブル交差点の特徴は、混雑している中で決して人とぶつからないことだ。外国人達は歩いている中で決して他人とぶつからずトラブルになっていないのが不思議で仕様がないらしい。それがここの特徴ともいえる。

しかし、ハロウィンの渋谷スクランブル交差点は通常よりも数百倍の人混みさでおしくらまんじゅう状態になっている。あまりにも混み過ぎて前へ進めない人も多い。交差点を警備している警察官は注意喚起をしながらコスプレ人間共を誘導している。スクランブル交差点じゃなくても渋谷駅近くでも人が酷いほど混雑していた。待ち合わせの定番であるハチ公像だって規制線が貼られている。360度見渡してもあちこち個性的なコスプレしている人達がたくさんいてお祭り騒ぎをしている。

遊太と阿久津くんも渋谷駅に着いてスクランブル交差点近くに立っていた。

辺り一面ハロウィン一色に染まっていて騒いでいた。今回二度目となる遊太は昔と変わらずバカ騒ぎをしている多種多様なコスプレ人間達を見て楽しそうだなと思っていた。阿久津くんは子供みたいに目を輝かせながらスマホで写真を撮りまくっていた。田舎から上京した若者にとってはこの光景に爆アゲなテンションになっているだろう。コスプレをした人達の中に混じりながら二人はスクランブル交差点を歩く。ギュウギュウになっているとはいえ誰一人も他者にぶつかってはいない。みんな口を揃えて「ハッピーハロウィーン!!」と叫んでたまたま遭遇した人とお菓子を交換したり一緒に記念撮影をしたりとめっちゃ浮かれている。アニメやゲーム、アメコミヒーローなどいろんな種類の仮装を身に付けている人達にすれ違いながら先へ進む二人。その時だ。「ハッピーハロウィン!!」と元気な声が聞こえた。他人に向けてじゃない。自分達に向けてだ。振り向くとゾンビ姿をしたナースの仮装をしている三人組の女子に声をかけられた。彼女達の手提げ袋にはお菓子が入っていて二人に渡してくれたのだ。阿久津くんは満点な笑顔で「ありがとうございます!」と言い記念に彼女達と写真を撮った。生憎、こちらはお菓子を持って来れずお返しはできなかったが彼女達は「気にしないでください~」と満面な笑顔で返事をしてくれた。彼女達と別れた後、遊太と阿久津くんは貰ったお菓子を手にしながら人混みの中、逸れないよう先へ進んだ。

 

しばらくハロウィン祭りを見て回りながら歩いていた二人は一軒のレストランにいた。

たまたま道中歩いている時に見つけたイタリアンレストランだった。この時間だとディナータイムになっているので二人はこの店に決めてここで夕飯を食べることにしたのだ。

中はとてもオシャレで和気藹々(わきあいあい)とした楽し気な雰囲気があるお店だった。カウンター席もあって天井には蔓(つる)を施したシャンデリアが天井にぶら下がっていて本場イタリアの景色が描かれている絵画、ナチュラルな壁にカラフルな雑貨が置かれていたりしていた。スクランブル交差点から一キロ離れた路地裏にあったのでほとんどお客はいたがそんなに混雑はしていなくて落ち着いた雰囲気があった。

テーブルの上に置かれていたメニュー本を開いて注文した後、遊太はは店員さんが用意してくれたお冷を飲んで料理が来るのを待機していた。

「ほんと。渋谷のハロウィンは疲れるな」

やっと静かな所について一息つきながらぼやいた遊太。

「すみません。自分が行きたいなんて言ったから」

申し訳なさそうに話す阿久津くんに遊太は軽く手を振って「いやいや。そんな気にしないで」と問題ないかのように笑った。変に気を遣わせてしまったかもしれない。

「それより、どうだった?写真たくさん取れたかい?」

訊ねると阿久津くんは「はい」とスマホで撮った写真を目の前にいる先輩に見せた。

写真にはコスプレした人達との記念撮影をした他、ハロウィンの夜景や行き交うコスプレイヤー達の写真やお店がズラリと並んでいた。よく撮れている。この撮れ高だと舞台挨拶の写真もしっかりと写っているだろう。

「渋谷のハロウィンってすごいですね。普段より数十倍の人が来てめちゃめちゃ盛り上がっていて。おまけにこんなにもお菓子を貰えるなんて」

自分達の足元にある籠には荷物とコスプレイヤー達から貰ったお菓子が入った袋がある。予想以上にお菓子貰ったり交換したりしたのでおかげでたくさんゲットした。手で持つにも限度があるので近くのダイソーに寄って袋を買ったのだ。遊太にとっては当分、おやつを買う手間が省けたからいいけど。

「でも、トラブルは多いけどね」

彼の言葉を付け加えて言う遊太。過去にも渋谷のハロウィンでは散々な問題行為がたくさんあった。乱闘騒ぎに路上の大量なゴミ、駅や商業施設のトイレが仮装用の血のりで汚されたり、中には酒に溺れて人の軽トラをひっくり返したバカがいた。日本のハロウィンは活気的で経済的には良好かもしれないが問題を起こしたり事件が起きたりとデメリットなところが多すぎる。渋谷区の区長は何とかこの問題を解決しようろ対策をいろいろ考えてくれている。渋谷に住む住民や商業施設で働く人達にとってはこのハロウィン問題は迷惑千万といっても過言ではないと思う。遊太は度々この渋谷ハロウィンに関するニュースを観てると呆れてモノが言えないというか困惑するというかただなぜ日本にハロウィンなんてものを定着させたのか理解ができない。それは今でも思っている。

「それにしても」

阿久津くんはこんな質問を投げかけた。

「なぜ、ハロウィンになるとみんな渋谷に行くのでしょうか?うちの地元じゃハロウィンとはいえこんなにたくさん集まることなんてありませんでした」

どうやらこの子は自分の故郷と渋谷の違いを疑問に思っていたらしい。ここは先輩らしく解説しようと遊太は思った。

「そうだね。渋谷はイベントには欠かせない場所として定着しているからたくさん人が集まるんだよ。多くの人が渋谷に集まるようになったのは2002年に行われたサッカーワールドカップがきっかけなんだ。ワールドカップが開かれた当時、日本が決勝トーナメント進出を決めた時に起きた現象でスポーツバーなどで観戦していた人達が試合を見終わった後、渋谷周辺で行き交う人達とハイタッチする姿が注目されたんだ。あの時は本当にすごかった。テレビで見たけど、日本が決勝進出した時はみんな盛り上がったものだ。渋谷には観戦者達が溢れかえっていて大騒ぎだったよ」

「宮田さん。知ってるんですか?」

「僕も当時のワールドカップを観ていた一人だったからね。家で観ていたけどすごい試合だったよ」

遊太は自分の遠い過去を思い出した。あの頃はまだ遊太が小学生で長瀞にある実家のテレビで家族全員、ワールドカップに夢中だった。そして、日本が決勝進出した時は大喜びしたものだ。決勝トーナメントから一夜明けた日、テレビのニュースで大々的に昨夜の決勝トーナメント戦を撮り上げられていてその中に渋谷の様子も映っていた。渋谷は日本サッカー選手のユニフォームを着て歓声をあげる人達がたくさんいた。みんなすごい顔をして喜んでいた。遊太少年も渋谷へ行って彼らと共に喜びを分かち合いたかったが当時はまだ子供で夜遅くに東京へ行くなんてとんでもないので大人しく家のテレビで観戦したものだ。

「その後、新年のカウントダウンなども行われてイベントの時は渋谷に集まるというイメージが定着したんだ」

「なかなか感慨深いお話ですね。全然知らなかったです」

「君が生まれる前だから知らないのも無理ないね」

「じゃあ。なぜ日本のハロウィンは他の国とは違うんでしょうか?ハロウィンは確か、西洋のお祭りでしたよね?」

「そうだよ。ハロウィンは元々アイルランドの祖先にあたる〝古代ケルト人〟が行ったお祭りで大晦日にご先祖様が還ってくるという言い伝えがあるらしい。でも、還ってくるご先祖様と一緒に悪霊が付いて来て作物が育たなくなってしまうので「悪霊払い」と「豊作を祝う」ためのお祭りとして行われたそうだ。これがハロウィンの始まり。ちなみにハロウィンと呼ぶようになったのはキリスト教の前夜祭が起源とされているそうだ。西洋のハロウィンは悪霊を追い払い豊作を祈る性質があるけど日本の場合はお祭り気分を味わう為におもちゃやカボチャなどをハロウィン風にアレンジして商売する言わば商業的なイベントして行っているんだ。ちなみに日本でハロウィンが流行り始めたのは1970年代の原宿にあったキディランドの店だそうだ」

なかなか詳しく話す遊太を見て阿久津くんは目を輝かせた。

「すごい!宮田さん博識ですね!」

尊敬の眼差しを向ける後輩に遊太は「気になったらすぐ調べる。これ、記者として常識」と自慢げに言った。

「でも、正直言うと僕は日本のハロウィンが理解できないんだよね」

「なぜです?楽しいじゃないですか」

「いや。確かにそうかもしれないけどさ。なんで日本が西洋のお祭りを祝わなくちゃいけないのか分からないんだよね。元々は収獲を祝うお祭りなのに日本はコスプレしてどんちゃん騒ぎをしなくちゃいけないのかその意味が全く分からない。おまけにナンパはあるし道も混むしトラブルも起きて問題を起こすし全く意味が分からない」

「というと?」

「はっきり言うとハロウィンは苦手」

ストレートに答える先輩を前に阿久津くんは「にしてはお菓子いっぱい貰っていましたよね?」と平然に言うと

「ハロウィンは苦手だけどお菓子は好きだよ?ほら。こういうじゃない「スイーツは無罪」ってね」

「お菓子とスイーツはちょっと違うのでは」

「甘いし美味しいから同じでいいんじゃない?」

ろくに調べもせず合理的な答え方を出した遊太。お菓子とスイーツ。ハロウィンの説明をした時よりもお菓子とスイーツの違いの話だけは少し大雑把すぎたが遊太も阿久津くんも全く気にしておらずそのままスルーした。

「なぜ、宮田さんはハロウィンが苦手なんですか?」

疑問に思えた阿久津くんが問いかけると遊太は彼の質問に答えてあげた。

「理由は4つある。その1 人が混むしナンパもウザい。その2 好き放題にトラブルを起こす。その3・・・いや。やめとこ」

途中でやめた遊太は人差し指と中指を立てた手を引っ込めた。店の中は自分達だけでなく他の人達もいる。中にはコスプレをしている人がいたりする。もしかすると、周囲にいる人達は聞き耳を立てて遊太の話を聞いているかもしれない。この苦手な理由という話はこれ以上言わない方がいいかもしれないと思ったから中断したのだ。今は視線を全く感じないからいいが個人的の感想とはいえあまり良くない事を話したら今宵のハロウィンを楽しんでいる人達の機嫌が損なわれるかもしれない。もしかすると、視線を感じなくてもきっと心の中で文句を呟いているかもしれない。とにかく、楽しいハロウィンの雰囲気をぶち壊すのはよくないからやめておこうと遊太は自分に言い聞かせた。

「まあ、とにかく人混みとかなんかこう大勢の人がわちゃわちゃするのが苦手なんだ。前にも一度だけ渋谷のハロウィン行ったことがあるけど、どうもね。朝の通勤時間で電車に混むには仕方ないから我慢してるけど、さすがにハロウィンだけは」

ちょっと曖昧な言い訳になっているが自分が発した言葉のせいで周りの人が機嫌を損なわない為にもこうするしか方法がなかったのだ。知らない人に睨まれた怒られるのは誰もが嫌である。遊太もそうだ。でも、曖昧な言い訳でも阿久津くんは素直に理解してくれた。

「確かに。人混みの中で急に気分悪くなる人もいますもんね。遊太さんもそうだったんですか?」

「あ、ああ。そうなんだよ」

嘘だ。前に友人たちと一緒に行った時は人混みの中でもそんなに気分は悪くなかった。むしろピンピンしていた。ただ人混みの中をかき分けて歩くのはちょっと嫌だっただけ。それに、ハロウィンは自分とは性に合わなかっただけなのだ。

今回は後輩の期待に応えたかった為に久々の渋谷ハロウィンに参加したまでなのだ。相手がどこへ行きたいのかその気持ちに応えてあげるのが宮田遊太という人物なのだ。正直、行きたくなかったけど後輩の前で拒否するなんて絶対にできない!

「申し訳ございません。やっぱり、俺が差し出がましいことを言ったせいで」

阿久津くんは渋谷のハロウィンに行きたいだなんて無理にお願いしてしまったせいで迷惑をかけてしまったのではと気にしていた。彼は本当に真面目な人なので自分が悪いと思い込んでいる。

「いやいやいや。ほんっとうに阿久津くんは何も悪くないから謝らないで!せっかく楽しんでもらっているのにちょっと愚痴っぽいこと言っちゃってごめんね」

ハロウィンが苦手だからといって愚痴を零してしまったことに後悔した。

二人がそうこう話していると注文した料理が来た。

今日の夕食は遊太の奢りなので好きな物を頼みなさいと気前よく先輩らしいことをした。でも、阿久津くんが注文した料理はどれも値段が安い物。遠慮しなくてもいいのにと遊太は言ったが本人はこれでいいですと決めたのだ。きっと、遊太のことを気遣ってくれたのだろう。本当に阿久津くんは真面目だけでなく素直で誠実さもあっていい子だと思っている。あの社長とは全然違う。前に社長の藤森と一緒にご飯食べに行った時、遊太が自ら奢ると口にしたことがあったのだが、いざ注文すると藤森は遠慮なく高い料理を選んできたのだ。自分より高い物を選びやがって。少しは遠慮しろよと愚痴ったものだ。会社だと藤森の方が上だが歳や年代的だと遊太より下なので後輩らしく先輩を敬えよと思ったものだ。あのチャラい社長より阿久津くんの方がまだいい子だ。

フォークでパスタを巻いてから口を入れる二人は味わいながら話の続きをしていた。

「そういえば。ハロウィンって必ずかぼちゃを彫って飾るじゃないですか。なんでしたっけ?ジャック・・・なんとかってやつ」

「ジャック・オー・ランタン?」

「そうです!小さい頃、なんか話を聞いたことがあるんですよね。昔話っていうか・・・・えっと~」

必死に何か思い出そうとする阿久津くんは人差し指を額に当てなら記憶を探っていると遊太はテーブルの上に置いたスマホを手にしてGoogleを開き検索欄に「ジャック・オー・ランタン」のことを入力した。ググってみるとあっという間に探していた情報が出てきた。

「ジャック・オー・ランタン。アイルランドおよびスコットランドに伝わる鬼火のようだ。民話だとジャックという人物は魂を奪おうとした悪魔を騙して生き長らえた。そして寿命が尽きた時も魂を取りに来た悪霊を騙して追い返したんだって。でも、そのせいでジャックは天国や地獄へも行けなくなってしまいカブで作られたランタンの灯りを頼りに暗闇をさまよい続けている。だって。そういや、僕も小学生の時に授業で聞いたことがあったな」

Googleで見つけた民話の内容を音読した遊太の話を聞いて阿久津くんは思い出して「それです!そうそう!」と手をポンと打ったがすぐ疑問が浮かび上がった。

「あれ?なんでカボチャじゃなくてカブなんですか?」

新たな疑問を抱いた後輩に遊太は読み上げた。

「ん~と。闇にさまようことになってジャックは悪魔からお情けで貰った石灰を火種にしたそうだ。その火種が消えないように近くに転がっていたカブをくりぬいて火種を入れたんだって。その他にもアメリカでは、あまりカブを食べないから生産量が少なくて代わりにかぼちゃが多く収穫されていたらしい」

Googleに書かれている説明文を読みスマホをテーブルの上に置いてフォークで再びパスタをクルクルと回した。

「カブでやっていたなんて意外でしたね」

「きっとアメリカはカブを食べる瞬間はなかったから代わりにカボチャで応用したことがきっかけで「ジャック・オー・ランタン=カボチャ」というイメージが定着したんだね」

「なるほど。カブの生産量があまり多くなかったアメリカがカボチャを使ったことがきっかけでそれが世界中に伝わってハロウィンというえばカボチャだと認識したわけですね。とても興味深いです」

理解できた阿久津くんは長い長いハロウィンの歴史に感慨に浸っていた。

「海外は日本とは違ってそんなにトラブルは起きないのに、なんで日本のハロウィンだけがトラブル続きをするのか全く分からないね。利害が一致しない。ていうか、いつからトラブルが起こり始めたのか」

「外国人とは違って日本人は羽目が外しやすいんでしょうか?」

「そう思うと何だか考えさせられるな」

「でも、日本商業にとってはいい経済効果にはなりますよね?日本に来る訪日外国人旅行者は2506万人も達したそうですよ。コロナ過前より8割回復したといってもいいです」

「確かに。そう考えると日本のハロウィンによる影響力は飛躍的に大きいと思うね」

「ハロウィンの問題行為は、経済回復と商業主義の最大化による代償といったところでしょうかね」

そう話しながら食事を進める二人だった。

まさかハロウィンの話でこんなにも盛り上がるとは思ってもみなかった。新しい後輩と話すのは本当に楽しくていい時間を過ごせた。仕事と担当者は違えど同じ芸能部の仲間としてこうやってコミュニケーションを取るのもいいもんだ。それに、今回の仕事で阿久津くんにとってもいい経験ができたかもしれない。遊太は今まで後輩の世話をした事がなかったのでうまくできるだろうかとちょっと不安だったが心配する必要はなかったと安心した。もしかすると、また再び一緒に仕事をする日が来るかもしれないのでこうして先輩後輩との親交を深めるの本当に大事だなと改めて思う。

メインディッシュが終わると食後のデザートとして注文したスイーツが来た。ハロウィン限定スイーツとしてカボチャを使ったケーキだった。カボチャの甘い風味とクリームの優しい味が口に広がり一口だけで幸せいっぱいになるほど甘未だった。仕事終わりのスイーツは本当に美味い!

そして、やっと食事を食べ終え遊太はレジカウンターで会計をしてもらいお金を払った後、お店を出てそのまま渋谷駅へ直行した。ハロウィンの夜はまだまだ続いていて渋谷スクランブル交差点は本当にごった返していてなかなか前へ進めない状況が続いた。しばらくしてやっと渋谷駅に辿り着き改札口を出た時に二人はお別れの挨拶を交わした。

「それじゃあ。今日撮った写真は明日、データにして僕に送ってね。明日は在宅で会社にいないからよろしく」

「はい。わかりました」

「今回の取材の件、松田さんには僕が伝えておくから君はゆっくり休んでね」

「そんな悪いですよ。自分の上司は自分で連絡しますのでお気遣いなく」

「いいのいいの。後は僕に任せて君は帰ってゆっくり休みなさい」

松田には僕が連絡すると伝える遊太は今日は疲れただろうし家に帰ってゆっくり休みなさいと後輩を労うかのように言った。

「わかりました。それじゃあ、お言葉に甘えて。よろしくお願い致します」

素直に先輩の言葉に甘えることにした阿久津くんは深々とお辞儀をした。たまには先輩に頼るのも仕事の一環ともいえる。

「そんじゃお疲れ」と遊太が言うと「お疲れ様でした」とはきはきした声で阿久津くんは再び頭を下げた。遊太が見えなくなるまで彼は頭を下げたまま動かなかった。ちゃんと先輩に対する作法を学んでいるみたいで感心する。

遊太は埼京線に阿久津くんは山手線を使って帰るとのことで二人はここで別れそれぞれの家へ帰って行った。

渋谷駅の埼京線ホームは人が多く大勢の人が並んでいた。その中に仮装姿をした人もいたのできっとハロウィンイベントを終えて自宅に帰るつもりだろう。中には仕事を終えてからハロウィンに参加した人もきっと多い。でも、ハロウィンが終わると次の日には仕事モードに入って真面目に働くのだ。日本人はONとOFFの切り替えが早いので楽しいことが終われば普段の何気ない日常に戻るという現実(リアリティ)を当たり前のように過ごしているので日本人としてはこんなの日常茶飯事といったところだ。遊太も明日は在宅勤務の為、家に着いたら風呂入って歯磨いてネトフリでまだ途中のドラマを観てから寝ようと考えている。埼京線が着て電車に乗るも中は人がいっぱいですし詰め状態になるもそこは我慢して走る電車に揺られながら最寄り駅に着くまで人混みの中、遊太は静かに立っていた。