怒られることは嫌い。が、よく怒られるこどもだった。
 ― 人の話は聞かない。ひねくれる。目立つ。足を組む。成績はそれなりによし。
うん、やっぱりむかつく子どもでしょう。
怒られるときも、案の定、人の話を聞いていなかった。
あげくの果てには、上の空・・・(聞いているふりはする)・・・「給食早く食べたいなぁ」と思っていた。
というのも、怒られている気がしなかったのだ。おそらく、「分かっている」と思っていたし。それに、なにより安心感があったのだと思う。怒られても、「私のためを思っていて」という理由からだったり、何らかの逃げ道を用意していてくれ、それによって、自尊心が揺らぐことはなかったり。
安心感。怒られることがそんなに脅威とは思っていない。

あらゆる方面から一糸乱れずに攻撃されることは恐怖だ。
絶対的に勝てない相手であること。頑固強固な思想の持ち主。
ファシズム。

怒られて泣いた。今日。
怒られてはないのか。厳密には注意を受けたというべきであろう。しかし、、、
ファシズムが訪れた。
「がんばったのにな」「みんなのことを思ってのことだったのに」「私が思う最善であったのに」
うん。
だけど。
「すいません」と言って、言われた通りのことをする。なんにもなかったように、みんなの前に立つ。
「大丈夫?」「なにしてんの?」と声をかける。
うん。
だけど、あふれかえりそう。こんがらがって、複雑骨折する。
トイレに何事もない顔で入って、二粒三粒涙を流す。ほっぺをたたく。鏡を見る。目が赤い。帽子を深めにかぶる。「大丈夫」 
わらって、はしって、わらって、はしって、怪我をして、気にしないで、わらって、つまらなくなった。だんだん声が小さくなって、話すのも気怠くて、適当にする。誰も近づかなくていいと思う。冷酷さを持つ。

ねえ、わたしはほめてなんていらないよ。だけど、元気の方がいいの?あたしが頑張ったことって、なんだろう。「頑張ったって報われることなんて多くはない」と解釈するべきなのかな。
徹夜して書いてきた絵、みんなのためになると思ったから書いたんだ。だけど、いらなかった。怒られた。みんなはうまくしている。少なくとも、あたしよりはうまくできているように感じる。こんなあたし、いるのかな。
そんな疑問が幾度も幾度も、涙に変えた。


くるりのベストアルバム、ツタヤに走った。今、『男の子と女の子』 はじめて聞く曲。
大好きだよ。大好き。あの研ぎすまされた目、ギターを持って素敵な音を一つ一つ作っていく。その世界、その光ある目が好きなんだ。