いつもお付き合いいただき、
ありがとうございます
7月もどんどん日付が過ぎていきますね!
ケータイの写真を整理してたら懐かしい写真を見つけました◡̈⃝
私がたまに行く、大好きなシークレットホテルのプライベートビーチの写真です⛱
タイ王室御用達のアロマブランドが経営するホテル
🏨ザ・セントホテル🏨
全てをアンティーク調でまとめたホテル内にアロマの香りがいつも漂っています
場所はタイのサムイ島です。
私は、カルマカメットのオリジナルLINという香りが大好きです
おうちの中もLINの香りがあちこちにあります
写真見てるだけでも幸せな気分になります〜
あー、早く日本でたいなぁ〜
でも妊娠したらしばらくは日本だね
それはまた別の話かな
どんどんブログを書き続けてきましたが、
ここでいったん
今更ですが私のヒストリーを
少し、自己紹介します
私、現在39歳 ←9月で40歳
夫、現在42歳
低AMH0.46、
また男性不妊のため
顕微受精の一択で現在不妊治療中の身です。
そもそも子供が欲しいと意識し始めたのは、私が8年前(31歳のとき)に受けた子宮頸部異形成のレーザー円錐切除術という手術を受けてからです。
12年前に初めて受けた子宮頸がん検診でⅢaを指摘され、それからなんと4年間もなぜか治ると思って検診だけ3ヶ月に一度通っていました
さすがに4年も通っていると、もういい加減なんとかしよう
と先生にも説得され手術を決意。
その時はすでにⅢbの診断でした。
がんになるすぐ手前

結果、手術についてはなぜかいい思い出しかなくて、終わった後のスッキリ加減に早くすれば良かったなぁと思いましたが
↑麻酔科の先生カッコいい&全身麻酔あけが気持ち良すぎた( ˃̶͈ᴗ˂̶͈ )
さて、
AMHは、
1年前2019年6月の前院(初診)での検査ではAMH0.23でした。
今年5月初旬にリプロダクションクリニック東京へ転院し、
再検査でAMH0.46とでました。
自分のAMHが低いことは結婚前から知っていたのですが、AMH0.23という数値にはかなりショックを受けました。
なぜなら、
独身時代から未受精卵の卵子凍結を考えてきたので、色々な検査をしてきたし、
その時はAMH1.12という数値だったから。
37歳でした。
わずか2年間の間に
AMHが1.12から0.46まで下がりました
37歳でAMH1.12も低いのですが、
できれば子供が3人
は欲しかったので、
卵子凍結や海外の精子バンクを検索しまくりいろいろと勉強したものです。
そのころ未婚女性による未受精卵の卵子凍結ができるクリニックはまだ少なく、
いろいろ探して赤坂にあるクリニックを受診。
先生からAMHが年齢の割に低いので、
卵を採るなら早めにしたほうが良いって言われました
独身、彼氏居ない歴5年くらい
結婚
なんてさらさらする気配もなく、
なんてさらさらする気配もなく、いや、いつかいい人ができたらって漠然の考えて過ごしていたので、
シングルマザーとしてやって行こうとほぼ決めていました。。
私は母子家庭で育ち、4人兄弟でしたが事情があり兄妹は半分に別れ、姉と私の2人を母は一人で育ててくれました。
幼い頃はいろんなつらい経験をしましたが、その経験があってこその今だと私は思うので、そんな母に感謝しています。
だからか、
私もシングルマザーとして生きていく覚悟を決めようとしていた時でした。
そんな矢先、友人の集まりで今の夫と出会えたのです。
これは本当に奇跡に近いと思います
夫とは知り合ってからデートもした事なかったのですが、
初めてデートに誘われた日に、
私と
結婚したいと告白されました。
↑その瞬間まで彼を意識したことすらなかった!
知り合ってわずか2ヶ月後の事です。
そこから超スピードで、わずか2週間後から同棲がスタート
これで未受精卵の卵子凍結はする必要が無くなりました
いまだに私が結婚したことを驚く友人もいるほど


それだけ仕事人間って思われてたし、
何でも自分で出来ちゃってたし、
かなり理想が高いと思われがちだったし、
男なんて必要ない人だと思われていたんだと思います
いつも彼氏がいない人だったしね

令和元年5月1日入籍
いろいろありましたが、
流れにのって令和婚しようってなって、
その日に入籍
直後から妊活をスタートさせました。
不妊治療クリニックの門をくぐったのは今から1年前のこと。
入籍からおよそ2ヶ月後です。
新宿アートクリニック(SAC)が最初です。
なぜSACだったかと言うと、
そのころちょうど友人が通っていたから。
不妊治療についてあまり深く理解していなかったので、友人がSACで第一子を授かった後に私もそこに行こうと決めていました。
何より、自然周期ということで薬を使うのが少ないのが魅力でもありました
SACの初診で初めて自分のHCGが高いことを知らされました。
そう、自然妊娠していたのですが、
生理が来てしまい化学流産でした
妊娠していたことを知らされ、
なんだかちょっと嬉しい気持ちにもなりましたが、
自覚はゼロ
悲しみもなし。
不妊治療1年目は、
仕事の忙しさもありそれを理由にそこまで治療に集中していませんでした

どこか自然に妊娠できるっていう希望があったのかも
昨年は数回のタイミング療法と、
自己タイミングのみ。。
自己タイミングなんてあっさり生理が来て期待は外れるしかすりもせず。。。
毎回の採血と内診の繰り返しに、
なんの対策も打ち出さないSACに疑問を抱き、通院をいったんストップしました。
対策というか、
ただただ体外へのステップアップはまだかまだかと毎回の診察で聞かれたため、
ちょっと不信感が募った形です。
今年に入りコロナもあったりで自宅にいる時間が増え、今なら妊活のチャンスだなって思って治療を再開
2020年は初めての採卵と初期胚移植を行い、
結果は陰性
特に説明もなく、
機械的なやりかたで不信感がマックスになり、
転院を決意しました。
転院先候補は、
杉山産婦人科とリプロ。
杉山産婦人科はうちの近所に住む友人も不妊治療で通っていたため少し話を聞きましたが、
ずっとリプロが気になっていたのでリプロのリモート説明会に参加しました

リプロの説明会は、
VTRを見るだけでしたが、
非常にわかりやすくてもうここにしようってすんなり入っていく感じの内容でした
そして
今年の5月のリプロ東京への初診に至ります。
その後はこのブログに綴っている通り
転院後は不妊治療が順調に進んでおり、
あとは移植を待つのみとなっています
↓最近移植に向けてサプリを追加しました。
アルギニンです。
子宮内膜を厚くしてくれます。
リプロでも処方されるそうですが、高そうなので自分で用意してみました
シトルリンとは別になります。
男性にも良さそうですよ
2012.04 子宮頸部高度異形成 手術
子供が欲しいと考えるようになる
2017.08 赤坂レディース クリニック
初めてAMHを測る→1.12
37歳
2018.9 夫に出会う
存在すら意識してなかった
2018.12 結婚を前提に同棲がスタート
年末には夫の実家へご挨拶へ
2019.05 結婚
妊活スタート
2019.06 SAC 初診
化学流産していた事を知る
AMH.023
タイミング数回通院
2020.02 挙式
都内のパワースポットで有名な神社で
2020.03 採卵 & 初期胚移植 SAC →陰性
採卵4個 凍結なし
2020.05 リプロ東京 初診
AMH0.46
39歳
2020.06 採卵 リプロ東京
採卵5個 初期胚1個 胚盤胞3個凍結
こんな感じで現在に至ります
移植が待ち遠しい〜よ〜

今日も最後までお付き合いいただき
ありがとうございます


