明日の夜は、横浜港に爆音が響き渡る花火大会があります。


実はこの花火大会ですが、毎年行われているんです。


今年は150周年ということで盛大になっていますが、いつもはまだ夏前という


のと開港記念日は平日が多いといことで横浜港花火の穴場中の穴場花火で

す。


前にも書きましたがこの花火は雨の中打ち上げられることが多く、誰も居ない


埠頭の中で、彼女とラブラブモードで観るなんてことが可能です。


玉数は3000発と意外と多いですからじっくり楽しめるかと思います。


takaは明日、山下埠頭から見ますが、打ち上げ場所は21地区なのでかなり


遠くになってしまいますが、平日の山下埠頭は関係者でなくても歩行者のみ出入り自由です。


建物の影はとても暗いので、ラブラブなペアーはどうぞ御自由にお使い下さい。


但し、あまりに暗いので荷物で怪我をしないように十分注意してね。

こいう話をし始めるともう歳なんだなぁ・・・ と自分でも思うんですが今夜はその一回目です。


どうしても気になる言葉があります。


それは 携帯です。


辞書によれば、

携帯 (けいたい)とは、何かを身に付けて、あるいは手に下げて持ち歩くこと。また、小さくして携帯しやすくしたものの略称。


ですよね  でも実際には携帯=電話機になっちゃっています。


今我々が便利に使っている電話機がいつの間にか携帯という二文字に変わってしまいました。  


これって昔からじゃないんですよ。

takaは昭和36年生まれですが、今の電話事情を現役で見てきました。

ダイヤル式の黒電話がまだ各家庭に復旧せずに我が家の電話を近所の人々が勝手に自分の電話のように使っていて、うちの番号の頭に呼び出しなんて文字を断りもせずに使っていた・・・  そんな時代から生きていますから。


ある日 辞書のような箱型の器械を会社で購入しました。

そうです それが今で言う携帯というものでした。

そんな昔の話じゃありません。つい最近というと大げさですが、今から27年位前の話です。

そうそう その電話を始めて観たのがtakaの電気工事士の始まりでもありました。


まさかあの器械が携帯という名前になるとは思ってもみませんでした。

だって携帯ではなく、電話機ですから。。。


あれがもし超小型のテレビだったら、今頃テレビが携帯という名前になっていたかもしれません。 ポケットに入れずにふところにでも入れていたら、名前が懐中になっていたと思うと、まだ携帯の方がまともでしょうか。

しかし、明かりは何故懐中電灯で、電話が携帯電話なんだろう。


携帯という行為を示す言葉が移動電話の通称になる進化は誰もが見てきたのに、ストップをかっけるタイミングを誰もが見失っていたかのように見えてなりません。


オーストラリアで1年以上生活した経験がありますが、あちらではモービルフォンと呼んでいました。自宅にある電話はモービルを付けずにフォンと呼んでいます。


ならば 国内で移動電話という表現も適切だった訳ですが、実は今のソフトバンクの元の名前は移動電話という名前だった記憶があります。ですから先に使われてしまったので、電話を我々はNTTという名前にしないように移動にもしなかったのかと思います。


話はそれますが、大きな辞書型電話が段々に小型化されて、徐々に復旧してきた頃、二つの電話会社があり、今のソフトバンクの前身であるIDOという会社と電電公社から変化したNTTという会社から始まったと覚えています。


Takaが自営を始めた頃に、トラックにIDOの車載電話を載せて営業していました。

この時にはまだ携帯という呼び方はしていなかったように覚えています。

当時の電話の掛け方は今と違っていて、相手が自分のいる位置より150km以内に居そうな時には頭に030をつけて電話し、それより遠くに居そうな時には040を付けて掛けていました。ですから相手の番号をメモリーするなんて考えは無かったんです。


携帯という古臭い言葉を今からでもいいから現在風の名前に変えられるのは、ソフトバンクの孫さんしかいないと思います。電話の革命なら彼ですよ。

今日は久し振りに朝から家族が揃いそうでしたので、私がけつをたたいて車で横浜港北にあるら らぽーと に行って来ました。 昔から船橋にあるららぽーとの横浜バージョンです。



ここに来るのは全員二回目ですが 、肝心なる物を持ち合わせいない為にどうもパッとしません。



解りますよよね 

持ち合わせてないものは  金ですよ    



やっぱり 先立つものがないと こういうとこ来ても白けちゃうんですよ


子供達 普段から学費やら塾やら何やかんやで金使っているの解っているので、あれこれ買って買って攻撃ないんですよ。


買ってやるぞといっても遠慮しています。


まあ あと5年もしたら上の二人は自分たちの小遣いくらい自分で稼ぐようになるでしょうから、今日はほとんど金を使わずに出てきました。



それにしても ららぽーとの駐車場は複雑極まりなく 前回同様今日も迷うまようで大変で、田舎にある長屋に着くと一行はほっとしていました。