「おっちゃんの大冒険」 -2ページ目

「おっちゃんの大冒険」

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最初は膝を曲げるところからだった。おっと、主治医の名前を言うのを忘れていた整形外科の西浜先生だ。リハビリの先生は柳田先生この人は意外と鬼畜でリハビリも結構きつかった、笑
毎日リハビリと休みの繰り返し、退屈していた。退院する数日前まで俺は車いすで生活していた、というのも先刻申し上げた通り俺の膝は思いのほかぐちゃぐちゃで半月板は外側はもう使い物にならなかったため切り捨てた、つまり今の俺には半月板は内側の半分だけとなっている。
そんなこともあって西浜先生からは1週間右足はついてはいけないという風に言われた。俺の入院は最初は2週間のはずだったのだが4週間に延びたのだ。
さぁ話を戻そう、ずっと車いすで生活していたためか足はだいぶ細くなってしまった。(若干嬉しかったのだが、笑)
柳田先生のリハビリを何とかこなして病室に戻るとそこには母と友達の姿があった、母は気を利かせすぐに退室してくれた。
その日はもの凄く楽しかった、友達が帰った後も母と話してて言われた。
「良かった、元気戻ったね‼」
見抜かれていた、自分では隠せていたつもりだったのにどうやらバレバレだったらしい、笑
母も帰った後一人で屋上に上がった。
手術前に来た場所と全く同じところ、でも俺から見える景色は変わってしまった。
そこにどれ程いたのかは分からなかった。
振り返ると母が血相を変えて立っていた、どうやら忘れ物があって戻ってきたら俺がおらず慌てて探したという。
俺は今思ってることを話した。母は
「大丈夫辛いのは今だけ、すぐに良くなるから。」と、
でもねそれは違うんだ、もう俺は昔のように走ったりは出来ない、治って立てて見える景色は戻ろうが俺の心の中の景色は戻らない。
たぶん最初にここへ来たとき大切な場所になる気がしたのはこうういうことだったのだろう。
何日か過ごして気づいた俺は幸せ者だ、たくさんの人がお見舞いに来てくれた。
でも皆言うことは揃って
「不幸だね。」
俺はそれを言われる度に屋上のいつもの場所に行き一人で考えていた。
そして結論が出た。
俺は不幸になったのではない、不便になっただけなんだと。
心の中の1ページその欠片が見つかった気がした、俺はこうやって一つ一つやっていくしかないのだと。
でもこの一欠片は俺を大きく変えてくれた。
日々のリハビリを頑張ったおかげか4週間を当初の2週間で退院出来た。
家に帰ると俺の部屋が過ごしやすくなっていた。
でも過ごしやすい家に帰りたかったわけではない、そのままのありのままの家に帰りたかっただけなのだから。

帰ってからもリハビリに通った、俺のリハビリの先生はころころ変わったがいつも言われる
「よく柳田先生のメニューやってたね、笑」
他の先生からみても結構きついものだったらしい、笑
そんなこともあってか俺の脚はすごいスピードで回復していた。
たまにリハビリが終わった後にいつもの屋上に行く、そこでは懐かしい顔ぶれに会えた。
病室は違ったが同じ病棟で同じ怪我をしたのがいた。
「何だ龍太じゃん、退院したのにここへ来るなんてな。」
彼の名前は栗坂健太俺の1つ下の高1だ、怪我は階段から落ちた時にしたらしい。
「ここに来ると落ち着くんだよ、健太もだろ?」
「そーなんだよな、今日はリハビリ?」
「今終わったところ、健太こそいつ退院だよ。」
「あともう少しかなー、松葉杖が取れたら退院できる。」
「そっか、あともう少しじゃんもう階段から落ちるなよ!笑」
「それはこっちのセリフだ、もう変に調子に乗るなよ、笑」
俺が入院中もこんな会話をいつもしていた。
そうこうしてる間に看護師が来て健太は病室に戻った。
俺はその後もしばらくここにいた。
けど早く帰らないと母が心配するだろうと家に帰った。
家に帰ってからミニバスのことを考えていた、今俺に出来ることそれと夏いっぱいでコーチをやめること。
そして退院して初めてミニバスに顔を出した、子供たちお母さん方からよかったねと言われた。
その中子供たちが一斉に俺のところに寄ってきて
「コーチ!コーチやめないでね。」
俺は言葉を失ったこいつらは超能力者かとも思った、そして俺は決断した。
「やめる。」
「なんで?やめないでよ!」
そんな子供たちを止めようとしたお母さん方、でも俺は話を続けた。
「俺はやめる、やめることをやめる。」
そう、俺はコーチを続けることにした。
こんな俺でも出来ることがあるのではないか、それを探すためにも続けることにした。
そして俺は入院中に見つけた答えを話した。
「怪我は俺から多くのものを奪った、それは周りからみたら不幸だったと思われる。でもそれは違う俺は不幸になったのではない不便になっただけなんだ。」
俺の失っていた心の中の1ページその一欠片、この一欠片が皆の新しい心の中の1ページに繋がってくれればと願いを込めて。



さて、2話目どうでしたでしょうか?


正直思い返してみるとあの頃の自分は


馬鹿やったなーって思います、笑笑


今でも悩むこともありますが


それでもまだ楽しいと思う事があることが


嬉しくて、幸せです!



まだまだ続きますので


よかったら読んでいって下さい!!



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是非そっちもきてください!




では次の投稿は来週です。



お楽しみに!!
学校につき俺は教室に向かった。皆最初は心配してくれそして面白半分で近づいてきた。もちろん松葉杖を使ってみたいというだけのやつもいた。慣れない生活に俺は疲れていた。それに不安も積もるばかりだった。家について部屋へ行き、部屋着に着替えてすぐに眠りについてしまった。晩飯の時も俺は心ここにあらずといった感じだった、母親にも何かあったかと聞かれたが何も言わなかった。というか言いたくなかった。恥ずかしかったのそうだが、一番はやっぱり心配させたくなかった。
それからは何とかして学校も過ごし、無事に期末試験も終わった。
その足で俺は病院に行き診察を受けた、医者からは話始めてすぐに手術という言葉が出てきた。俺は受け止められなかった、俺の心の中の1ページがどこかに飛んで無くなってしまったそんな気がした。でも母の目の前だというのもあって気丈にふるまった。
「手術代とかごめんね。」
と言ったら
「そんなことの心配はしないで、」
そう言われてしまったがやはり母もショックは受けていたのだろう、帰ってから俺は部屋にこもり飯も食べずに泣いていた。これからどうすればいいのだろうか、どうやったらこの無くなった1ページを埋められるのだろうか、まだわからなかった。

手術の日、自分の気持ちに整理をつけるためかそれともこの現実から逃げたいためだけか分からなかったけど俺は屋上に行った。屋上に出た奥の右側、ふとそこへ行き風にあたって落ち着いた、妙に落ち着いたこれからこの場所は俺にとってとても大切な場所になると確信した。病室に戻るといつもの母がいた。母と二人で話していると時間になった、今朝まではあんなに乱れていた俺の心はここにきてようやくいつも通りに戻った。
手術は予想以上に長引いた、というのも開けてみたらびっくり半月板が思いのほかひどかったらしいそのせいで当初は3時間程で終わる予定が5時間以上かかった。俺はそんなことも知らず帰ってきた、病室には疲れた顔をした母がいた。この日俺は何も口に出来なかったためとにかく腹がすいていた。許しをもらい食べさせてもらった、けどまだ麻酔が抜けていなかったのかもどしてしまった。俺の記憶はここで途絶えた、後に聞いたのだがあの後全てもどしてすぐに意識を失い倒れたそうだ。
そして朝起きると足は固定されており何か機械で冷やされていた。一日に一度包帯を取り替える、その時見た足は俺のものとは思えない程腫れていた。
その日から俺のリハビリは始まった。