今、Twitterでは「先生」、「教師」という文字をよく目にする。
そこには画面に埋まるほどの長文がしたためられている。
内容は、「教師は学校で何時間も拘束されている挙句、親からのクレームの対応をしなければいけない。しかし、部活や授業、授業のまとめなどをしているのにクレームの対応など手が回るはずがない」というようなものばかりだ。
人としてみれば大人の気持ちもわからなくもない。
親も教師も、時にはどちらも正しいのだ。
けれど、生徒、という立場で見ると、あまりにも身勝手だと思う。
私の親ははっきり言ってモンスターペアレントだ。
そのことで呆れているというのは、先生にも話をしている。
もちろん不満はあるだろうが、生徒の前で漏らしたりはしない。
確かに教師は忙しい。
それは働いてる皆が同じだと思う。
親も子育てに苦労して忙しいときもあった。
だけど、それを承知で子供を産む、それ覚悟で教師になるのだろう。
私は「じゃあどうして教師になったの?」と言いたい。
親からのクレームに嫌気が差して、生徒をいじめたり、それをSNSで発信するのはどうかと思う。
本当にその状況が嫌なのであれば、教育委員会にでも校長にでも報告すればいい。
そう簡単じゃないのはわかってる。
だけどきっとそこで言われるだろう?
「何故教師になったのか」と。
結局何も解決しないままそのツイートは拡散され続け、他の教師の目にも泊まるだろう。
少し考えてほしい。
どうして自分が教師になったのか。