今日テレビを見てて思った。
人が死ぬときってなんであんなに悲しいんだろう。

小さいときに父方の祖父母はなくなった。
小学生のときだったからあまりよくわからなかった。

大学1年のときに母方の祖父がなくなった。
実家は関東でしたが,この当時鳥取に住んでいたので,祖父の死は母から電話で知らされた。
小さなときから可愛がってもらっていたから,すごく悲しかった。
でも,涙はでなかった。
悲しかったのに,涙がでない自分にショックをうけた。
一人暮らしをしていて,祖父の死の実感がわかなかったからかもしれない。

祖父が死ぬ前の日のこと。
記憶の中で初めてかもしれないが,夢の中に祖父が出てきた。
普段会えない状況だったのでうれしかった。

祖父のお通夜の時に家族に話したら,死ぬ前に会いにきてくれたんじゃないと言ってくれた。
そうなのかもしれない。
その日,祖父の遺体にあった。
悲しいかったが,最期に会いにきてくれたと思うとすごくうれしかった。

祖父が入院しているとき,体の弱い祖母に代わって,母が看病していた。
たまに,祖母も会いに行っていたみたいだ。
祖父が死んだ日は祖母がお見舞いに行った日だった。
祖母が病室に来たので,母は買い物に売店に行ったと言っていた。
その祖父と祖母の二人の時間を母は作ってあげた。
そのとき祖父は急変して死んだ。

その話を祖父が亡くなって数ヶ月後に聞いた。
そのとき涙が止まらなかった。
でも,すごくうれしかった。
祖父と祖母はとても仲が良かった。
自分の子供の前で死ぬのも良いのかもしれない。
でも,自分の人生の中で最も愛し,一緒に過ごした時間が長かっ祖母の前で死ねて祖父はうれしかったんじゃないか。
祖父は幸せだなって思う。
祖父と祖母みたいな家庭を築きたい。


昨年の秋のこと僕は北海道のある町で仕事していた。
先輩と後輩と一緒に卸に行っていた。
そのとき誰かに服を引っ張られた。
先輩か後輩に服を引っ張られたのかと思った。
ふと振り返ると誰もいない。
先輩と後輩は少し離れたところに立っていた。
誰だろう?
気にせず卸で仕事した。
1時間後に母から電話があった。
曾祖母が死んだと…。
1時間ぐらい前に死んだと…。
さっき服を引っ張ったのは曾祖母だったのかな。
と,そのとき考えた。
祖父と同様にすごくうれしかった。
別れの挨拶に来てくれたんだと。
曾祖母のときも実家に帰って亡がらをみるまえで涙はでなかった。
葬儀のときに曾祖母に会ったときに涙が溢れ出た。

祖父も曾祖母も死を知ったときに思いでが頭をよぎる。
そして思う,今までありがとう。


今でも祖父も曾祖母は自分の近くにいる気がする。
暖かく見守ってくれているのではと…。

人に愛されるってすばらしいとことだと思う。
だから,改めて思おう人生で出会った人は,何か意味があり,その人たちにはできる限りの愛を持って接して行きたいと。

祖父の死から変なくせがある。
幽霊がみえること。
見えるときと見えないときがある。
見たいと思ってみれる訳ではないけど。
気がつくと視界にいることがある。
あって思うと,目の前から消えていることが多いけど。
だから,余計に曾祖母が死に際に会いにきてくれた思えるのかもしれない。

人の死は防げないことなのかもしれない。
だから,死ぬ前にお世話になった人にはお返しをしたいなー。