いくら冗談のつもりであっても、それを受け取る側にとって冗談と認識できない話、物事、事象であればそれは冗談ではなくなってしまう。
受け取る側は本気で認識してしまう。
そして、今まで様々な依頼者の相談に乗ってきた私なのだが、しかし今日のこの依頼者、この若い男は私のとって今までにない者を連れてきた私にとって初めての経験となる依頼者になるのだった。
私は黄泉野カレン。G県N市駅前でヨミノカウンセリング室を営む心理カウンセラーだ。
私にカウンセリングの依頼をする依頼人には、2通りのパターンがある。
一つは13時から20時までの「昼の依頼人」。
もう一つは2時から3時までの「夜の依頼人」。
まあ、時に夜の依頼人が昼の依頼人に憑いて来たり、出先でたまたま出会ってしまったり、またはこちらから出向いて相談に乗ったりと様々な場合はある。
ここまでの私の日記を読んでくださっている方であればもう知っての通り「昼の依頼人」は、生者、そして夜の依頼人は所謂「死者」だ。
だがしかし、大切なことなのでこれは知っておいていただきたい。
私は、「霊能者」ではない。
私の仕事は、心理カウンセラーである。
それはそれとして。
話を今日、今私と対面している依頼人、若い男の話に戻そう。
依頼人は20代男性。会社員でまあこう言ってしまうのもどうかとは思うのだが、正直特徴のない所謂世間一般大多数に属する印象を与えてくる、そんな人物だった。
ただ一つ、ある1点を除いてだ。
そしてそのある1点に気付いた私は、極力その気づきを顔に出さないように努めていた。
その1点と言うのは私にとっても、初めてのことだったからだ。
正直都市伝説の中の話だと思っていた。そう思っていた。
だがしかし、それを目にしてしまったら、もうそれは認めざるを得ないだろう。
確かに私は今、彼の左肩に乗りこちらを見ている小さな存在。
その小さな存在に気付いているのだ。
そう、「ズゥゥゥン!と強烈なインパクトを醸し出す」その、「小さいおじさん」という、印象に反するとても小さな存在に。
おっと、話がそれた。
まあ、それだけ私にとって衝撃的なことだということで、話を続けよう。
依頼者である彼は、ここ2週間ほど「幻聴」に悩まされているということだった。
その幻聴は左耳の辺りからまるで囁くように聞こえてくるらしい。時間的に不規則ではあるのだがそれは最初は1日に1回から2回。だが日に日に増えていき、今では1日数10回は幻聴を聞くという。
そしてそれが始まったころから彼は、左肩にどこか重い違和感を感じていると語った。
当然だ。見たところこの小さいおじさんは彼の左肩に乗って左耳に向かって囁いているということだろう。
そして、彼にはその姿は見えていない。私にはそれが見えている。そして、どうやら彼の肩に乗るそのおじさんも私に気付かれているということを理解したようだ。
小さいおじさんは彼の肩から降り、「トトトトと駆け足で」私の前まで、依頼者の彼と私の間に入って、そして私の方を向いてジッとその視線を向けてきているのだ。
その時、依頼者である彼は何かに気付いた様子だった。
「あれ?何か、肩の違和感が・・・」
それはそうだろう、違和感の根源である者がその肩から降りたのだから。そして私は、一度彼から自然に視線を外すような素振りで私の前にいる小さいおじさんに視線を向け「少し話があります」と、彼に聞こえるだろう言葉でそう伝えた。
それに小さいおじさんは、にっこりと微笑んでうんうんと頷いていた。
そして私は再び、依頼人の方に視線を戻し彼にその幻聴に対する気の紛らわし方をいくつか助言し、そしてその頃この依頼人の相談の時間は終わろうとしていた。
「ありがとうございました。」
そう言い残し、1人カウンセリング室を出た彼。そして、1人。その男「小さいおじさん」は今度は私の左肩に今乗っている。
私の肩に乗って、にこやかな顔をして彼の背中に向けて手を振っている・・・このおっさん!
さーて、初めて見るこの「小さいおじさん」へ、この私黄泉野カレンからの説教の始まりだ!
「ただの都市伝説だと思っていましたけど、本当にいたんですね。小さいおじさん。」
私は、肩の上で手を振る小さいおじさんにそう声をかけた。おじさん、と言うよりその見た目は「小さいお爺さん」。とぼけたように見えてどこか隙と抜かりの無い雰囲気を漂わせる、気の良い仙人のような印象だ。
そして、そう声をかけた私の方に顔を向けた彼は、にっこりと笑みを浮かべどこか嬉しそうにしていた。
「ワシのことが見えているのじゃな、娘さん。」
「はい、はっきりと見えています。でも、見るのは初めてですので最初は少し驚きました。」
「うむうむ、そうじゃろうな。娘さんはこう思っていたのじゃろう。本当にいた!、となあ。」
「・・・まあ、そうです。」
何となく少し心を見透かされた気がしてもやもやした。だが、まあそれはその通りだ。認めよう。
そんなやり取りをしているうちに、彼は私の肩から降り正面に立って私の姿を下から上に向かって「ジィィィッと舐めるように」その視線を移動させている。
特にその視線の移動が、私の胸の辺りでゆっくりになっていることに、私が気付いていないと思っているのかこの爺さんは。
「黄泉野カレンです。小さいおじさん。」
「お、ふむふむ、カレンちゃんじゃな。ワシは電(でん)。デン爺と呼んでいいぞい。ほっほっほっほ。」
まあ、なんというか、気の良いお爺さん。明るいご老人、悪くない小さいおじさん、悪気の無い妖精さんと言うことはここまでで大体理解した。
だがしかしだ・・・
「・・・でわ、デン爺さん。初対面な上に、ご老人に対して申し訳ないのですが、ここからはお説教の時間です。いいですか。」
そう言って私は、スッと一つ大きく息を飲み・・・・
「あなた何をしているんですか!あの依頼人あなたのこと見えていなかったことわかっていて、肩に乗って耳元で囁いでいたのでしょう!面白がっていたのですか?そうでしたらとても悪質です!あなたは冗談でしていたことかもしれませんが、彼は本気です!本気で怖がっていました。私のところに来るほどに。いいですか?相手が本気の時、冗談は冗談ではなくなります。それを冗談と思って、冗談という言い訳をして続けることは、言うなれば罪です!都市伝説の中であなた、小さいおじさんは妖精のような存在だと聞いています。まあまあ妖精さんの中にはいたづらっぽい方もそれなりにいるらしいですけど、冗談は冗談でゆるされるところまでにしなさい!あとですねぇ・・・・」
私の剣幕に、デン爺と呼んでくれと言ったこの小さいおじさんは終始所謂ビビり顔をしていた。
そして私の説教はこのまま次の依頼人の時間の5分前丁度まで続いたのだった。
「すまんすまんすまん、カレンちゃんすまん、よーくわかった。本当ーに、ほんとーに、すまん。」
この仙人のような姿をした小さいおじさんへの、ひとしきりの説教を済ませた私はこの説教を始めるときと同じように、大きく一つ息をついた。
「本当に、本っ当に気を付けてくださいね。くどいと思いますがもう一回、いわせていただきます。デン爺さんが冗談でやっていても受け取る側が本気であれば、それは冗談では済まされません。本当に、身に染みてくださいね。あと、女性を見るときの目線にも注意してください。気付いていないと思っているのですか?」
「おー、気付いておったか。」
「当然です。今度気づいたらデン爺じゃなくエロ爺ィと呼びますよ。」
「むう、それは嫌じゃのう。気を付けるわい。ほっほっほっほ。」
まったく、どこまで本気で私の説教を受け止めているのかそれとも聞き流しているのか。まあいい。とりあえず、この小さいおじさんは依頼人である彼からは離れた。
これで彼がこのエロ爺ィ・・・デン爺、小さいおじさんの悪戯に悩まされることはなくなるだろう。
「それでは、もうすぐ次の依頼人の時間なのでお帰りください。」
「うむ、あい理解ったカレンちゃん。本当に反省しておるでの、誓って「ワシが見えない相手に悪戯はせん」よ。悪かったのう。」
「お願いします。で、どちらに帰られるのですか。また彼のところに行くとか言わないですよね。」
「あー、ワシの家じゃよ。ちゃあんと家はある。そこに帰るんじゃ。それじゃ、またどこかで会うことがあったらワシのこと覚えておいてのう。さらばじゃ。」
「お気をつけて。」
そういって私は、カウンセリング室の扉を開け彼を、電と名乗った小さいおじさん、小さいお爺さん、仙人さんを見送った。
まったく・・・・
いくら冗談のつもりであっても、それを受け取る側にとって冗談と認識できない話、物事、事象であればそれは冗談ではなくなってしまう。
受け取る側は本気で認識してしまう。
そして、今まで様々な依頼人の相談に乗ってきた私なのだが、今日の依頼人、あの若い男は私のとって今までにない者を連れてきた私にとって初めての経験となる依頼人だった。
そして、私は何となくまたあの小さいおじさん、電仙人と顔を合わせることになるような、そんな予感がしていた。
それでは、いずれまた。
ヨミノカウンセリング室
G県N市駅前
13時〜20時(メールにて要予約)
定休日 毎週月曜火曜
カウンセラー 黄泉野カレン
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=黄泉野カレンは書く語る=
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次回予告
依頼人(2)
「怪異はどこか寂しがり」
7月18日投稿予定