【崖っぷち地方局アナウンサー】毎日が社会見学
タイトル
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ファンメールはありがたや

私、個人ではヤフーメールを使ってるんですが、相変わらず迷惑メールが多くて困ります。
「Hして10万円お支払いします。人妻です」とか。
「男性会員が足りません!!」とか。
毎度毎度同じ文言で、果たして引っかかる奴がいるのだろうか・・・
と思っていたら、きょう来たメールはコレ。

「Hな男性紹介してください!」

新たなアプローチにヒデキ還暦!

***

そんなワケで(どんなワケで)きょうはメールのお話です。

放送局のHPを見ていると、アナウンサーへメールが送れるようになっている局が割とありますね。
弊社もそのようになっていて、私もごくたま~に頂くのですが、すごく嬉しいんですよ。
内容はアナ日記への感想が主で、たまに相談ごととか。
「声がとてもいいですね」なんて書かれていると、3日くらいハッピーです。
もちろん、全部きちんとお返事を書かせていただいています。
(ローカルだから・・・というワケでもなく、キー局でもアナによっては返事をきちんと書かれているそうです)

ま、局には誹謗中傷メールとかも来ている様な気もするのですが、
そういうメールはサーバーで弾いているので、アナの手元まで来ることなく削除されます。


一度、私の悪友が「局のHPからメール送った」と言うので到着を待っていた事があったのですが、
一向に送られてきませんでした。
「おかしいな~」と思って総務に確認したところ、メールで返事が来ました。

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メールを確認しましたが、
大変卑猥な言葉が書かれており、サーバーが弾きました。

                                総務局
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顔写真を探せ!

このブログの更新が面倒・・・もとい、遅いのは、
ブログの割には文章が長いからじゃないか?と思った次第です。
んなもんで、今日からはメモ書き感覚で・・・と思いましたが、
今回は過去最高に長くなってしまいました。心するように。


さて。

重大な事件が起きた場合、容疑者や被害者の方の顔写真がテレビに映りますね?
あれ、実は、裏でさまざまなドラマが展開されているんです。

通常、「重大事件の容疑者」の顔写真は
管轄の警察署から「今から30分だけ県警本部で撮影させるぞ」なんて連絡が来て、
撮りたてのポラロイド写真みたいなのが報道各社に公開されるんです。

一方。
被害者になられた方の顔写真の場合、イレギュラーをのぞいて警察からは提供されません。
「え?じゃあ、どうやって手に入れてるの?」とお思いでしょうが(思って下さい)、
あれ、各社の記者が周辺をあたって入手してくるんです。

この行為を「ガンクビ探し」と申しまして、
まあ、ちょっと不適切な言葉なんですが、恐らく昭和の時代からの記者用語なのです。
が・・・そんなに簡単に人の顔写真なんて手に入りません。
被害者の方の交友範囲が掴めれば、友人あたりから割とすぐに入手出来るのですが、
交友関係があまりない方や、お年を召した方になると大変です。

***

私が記者アナになって1年が過ぎたころ。
一人暮らしのお年寄りが殺害される事件があり、一人で取材に入りました。
一人ってのは一人なもんで、ベーカムと三脚持参ですわ。

殺人事件の取材・・・ゲームの「ポートピア連続殺人事件」ってご存知です?
もう、まさにあんな感じで、関係箇所や近隣を何度も何度も訪問し、点と点を結んでいくわけです。

近所の家を一軒一軒まわって聞き込みをするうちに、
人柄、職場、生活ぶり、普段通いつめている喫茶店・・・などの情報が次々に判るのですが、
ここであわせて「顔写真」があるかどうか尋ねないといけません。
ところが、この写真になかなかたどり着けない。

私「すみません、ところで、○○さんのお写真とかお持ちでは・・・」
住民「いや、そこまでの付き合いではなかったので・・・」

事件発生の翌日・・・
さっそく、人海戦術で地元の新聞社が顔写真を入手、残るテレビ局同士の戦いに突入しました。
取材を終えた後、取材車の中でひとり頭を抱え、コーヒー飲みながら次の一手を考えて・・・。
んで、夕方になったらいったん帰社してスタジオでニュースを読んで。。。また事件現場へ・・・。

ここで、遠いところに住んでいらっしゃっる被害者のご兄弟の電話番号を入手。
すると衝撃の事実が。
「おじいちゃん、写真嫌いやったき、全然ないんやで」

ガーン。ガーン。ガーン。

か、帰りたい・・・帰って横になってもうそのまま48時間くらい寝ていたい・・・。
いや、西武デパートでセールやってた気がする・・・無印がバカ安との噂・・・。

途方にくれた私は、運転中になんとなく目に付いていた喫茶店になんとなく飛び込みました。
もう、手当たり次第とはこのこと。事件現場からは微妙に距離があったのに。

カランカラン。
私「あの・・・先日○○であった事件の事で・・・○○さんの顔写真とか、お持ちでないですよね?」
店長「・・・」
私「なかったら結構なんですが・・・」
店長「・・・」
私「・・・あれ?何かご存知ですか?」
店長「・・・写真、1枚だけあるで」

なんとこの店、被害者の方がたまによっていた喫茶店。
以前、この喫茶店の娘さんがカメラを購入し、たまたま試し撮りをしていた写真に
被害者の方の写真があったのです。

私「すみません!その写真、お借りできませんか!?」
店長「えいけど・・・その写真、NHKがさっき持っていったで」

ぐわ!!ドーモめ!!!

ええと、今、時間は日曜日の夕方6時半。
NHKは・・・このあと6時45分にローカルニュースがあったなあ。
そこで顔写真使うんだろうなあ・・・。
一方うちの夕方のニュースは、確かNHKより先・・・あ・・・
さっき俺が顔写真なしで読み終えたとこやんけ・・・負けた・・・。

***

結局、この写真はNHKから私ら民放2社の手を経て、喫茶店にお返しいたしました。
ちなみに、ほかの民放1社がこの写真にたどり着いたのは、さらに2日後でした。

ガンクビ探し、それは警察記者のもうひとつの戦いの場なのです。
って、これ、地方局のアナウンサーでもそうそうしているとは思えないのですがね・・・。

イヴの全て

女子アナ同士の戦いってものが、夕刊紙によく載ります。
「××アナの退社の噂、ライバルの○○アナが発信源?!」ですとか、
「YYアナ降板の影に番組女帝ZZアナとの不仲説!」ですとか、
「巨乳天気キャスター、放送後に自分の同録を見て巨乳チェック!?」ですとか。

一部関係ないものが紛れてしまいましたが、バックスペースさせる時間も無いので
このまま行かさせていただきます。

そりゃあ、韓国MBSの早すぎた韓流ドラマ、「イヴの全て」のように、
ライバルをメインキャスターの座から引き摺り下ろすために
車のブレーキオイルを抜いちゃう、なんてハイクオリティな事は聞いたことがありませんが、
まあ、多かれ少なかれ、アナウンス部内にはサバイバルに似た空気は存在します。
番組に使われてナンボ、人気が出てナンボ、小倉久寛はマンボ。

上記の各夕刊紙の書いていることも事実かどうかは別にして、
そういうことが発生しても不思議ではない、というのは事実だと思います。
往々にして、規模の大きなテレビ局になればなるほど、
または一人当たりの仕事量が比較的少ないテレビ局になるほど、その確立はあがります。
・・・マンボってつまらなかったですね。バックスペース致しませんが。

私のいたテレビ局ではないんですけどね(これ重要)、
挨拶しても挨拶返さないとか、これ、日常茶飯事。まさにイヴの世界!
挨拶返さないだけでなく、メンチ切ったりします。

***

上記のような局内での戦いは、空気が悪くなるので敬遠されるものですが、
ライバル局同士の女子アナの戦いとなると、結構笑い話になります。

これは私のいた局の話なんですけど、
とあるニュース現場に駆けつけた弊社の女子アナZさん。
当時は女子アナも記者をしてカメラを回すというすごい勤務内容でしたが、
その日はカメラマン同行。ただし、部長級。

すると、カメラマンやアシスタントを引き連れたライバル局の女子アナが日傘片手に話しかけてきて、
「あら、きょうはお一人じゃないのね~」

これにカチンと来てしまったZアナは、
「きょうはうちは、カメラマンが部長なんです!わざわざ報道部長が来てるんです!!」

と、なんだかベクトルが210度くらいずれた対抗発言をしたそうで。

・・・今思えばライバル局の女子アナには悪意はなく、
ただ純粋に見たままを述べたのかも知れないのですが、まあ、判りません・・・。

誰かが言ってました。
「俺たちアナウンサーは、水商売みたいなもんなんだ」

そ、そうねえ。。。

GWのお仕事

この日記を書いているのは、2008年のゴールデンウイーク最終日です。

(「ゴールデンウイーク」って、NHKとJNNでは「大型連休」になるんですよね。豆知識)


アナウンサーはシフトで動いているので、基本的に関係ありません。

が、全く休まないわけではありません。出演がない曜日に3~4連休くらい頂きます。でへへ。

意外に休んでます。


この時期、各ローカルニュースでは系列の地方局で特集を融通しあう

「シリーズ企画」がOAされていますよね?

あれで5分くらい尺を稼いで、記者やアナ、カメラマンを休ませるわけです。


***


私はGW期間は普通に仕事でしたが、

途中一日、東京からこちらへ遊びに来た友人を案内しました。


私は「ほら、スタバもタリーズもあるぞ、都会だろ?」と都会アピールに余念がありませんでしたが、

終始ドクダミの匂いが街を包んでいて、

友人は「カントリースメル(いなかの匂い)」という覚えたての英語を残して帰っていきました。

ガッデム!


***


さて、GWに勤務・・・と言っても、行政関係が基本的に休みなので、

事件事故が起きない限り、基本的に予定が少なく、静かです。

ここで「ヒマネタ」とも「やわネタ」とも呼ばれる行楽ニュースの取材に出かける訳ですが、

私はこれが好きなんです。


この時期に満開になる「フジ」や「ツツジ」の花畑に出かけたり、

地域の伝統の祭りに出かけたり、遊園地に出かけたり、空港や駅にも出かけます。

「風物詩」とも言えるこれらの風景ですが、

実際に出かけたことがあるという人は意外に多くないのではないでしょうかね。


少なくとも、私はそういう行楽にはそれまで無縁でして、

この仕事に就いていなかったらGWも繁華街でダラダラと買い物をして過ごしていたでしょう。

アナウンサーになったことで、見聞がずいぶん広がったと思います。


***


余談ながら、ワタクシは三十路独身なのですが、

入学式とか卒業式、はたまた合格発表の会場などという、

保護者にならないと決して見ることが許されない学校関連の行事にお邪魔できることも、

特権的でスゴイ事だと思うのです・・・。


他社の女性記者(独身)が、

「アタシ、卒業式に行くときはTPOわきまえてるの。

 グレーの地味なスーツを着て、保護者に溶け込むの!!」などと爛々と話していたんですが、

それ、ただ保護者気分を楽しんでいるだけでは・・・。

台風中継の裏側


2004年。

日本列島には毎週のように台風がやってきて、私は毎週のように台風中継をしていました。

中継が終わり、会社に帰って気象端末を見ると、

もう次の台風が「これからそっち行くっす~」って感じで表示されてましてね。

あの夏は本気で辛かったです。


***


西日本エリアの地方アナにとって年に数回の全国中継の機会、「台風中継」。

私のいたX県は、いわゆる台風銀座で、

全中(全国中継)とローカルあわせて、4年間で2~30回は台風中継をやらせてもらいました。


まず、台風が接近してくると、東京から「中継ヨロピク」と連絡が来ます。

そしてアナウンサーは台風道具を用意して、県外にいる家族友人に「中継出ます」とメールを送ってから

中継スタッフともども中継場所に向かうのです。


*台風道具=

  カッパ(と言っても、登山用の高価なタイプ)、長靴、硬質クリアファイル、原稿用紙など。

  携帯電話で気象台へ取材した内容と、本社から送られてくる被害情報、さらにコメントを原稿用紙に記入し、

  それを雨に濡れても平気なように、硬質クリアファイルに挟み込むのです。

  (硬質じゃないと風でベロンベロンになって読めません)


中継場所では、ワゴン車の中で情報を集めながら待機します。

そして、本番10分前くらいに表に出て、暴風雨を全身で浴びながら中継に臨みます。


風は・・・雨は・・・どんな状態か・・・。

強いなら強いなりに、弱いなら弱いなりに、ありのままに伝えます。

決して盛り上げようと思わないこと。

(これは先輩アナから教わりました)


よく、立ちリポしながら「立っていられないほどです!!」とか言うアナや記者がいますが、

本当に強い台風が来ていたら一点に立ってリポートすることは不可能です。

いくら全国中継であっても、「風はそれほど強くなく、今は立っていられます」と言う勇気が必要です。


・・・ちなみに、一度だけ本当に立っていられないほどの強い台風の中継をやったとき、

私は「すみません、座らせてもらいます!」と座って伝えました。本当に立てなかったんです。

(カメラマンはアシスタントに押さえられながら回してました)

しかも中継車のアンテナが風に煽られて、一瞬映像が中断とかしましてね・・・。


が、これが東京的には「おいしいな~」なのです。(決して口には出しませんが)

情報に変化も無いのに、何度も何度も中継要請が来ます。

「ちょ、もう勘弁して!!!」と現場のスタッフは半泣き状態です。


しかも台風中継班というのはそうそう交代が聞かないので、

朝やりま~す。

昼やりま~す。

下手したら夕方もやりま~す・・・って感じで、体力の消耗戦に突入します。

冷たい雨で体温が下がり、風を受ける全身は疲労し、

何度もやってくる中継に喋りに変化が付けにくくなり、頭もフル回転・・・。

台風中継に憧れる人もいると聞きますが、僕にはそんな余裕はありませんでした。

もう、帰らせて!!風呂入らせて!!もう「ほか弁」はイヤ~~!!


***


余談ですが、そんな格闘をしている民放ローカル局の中継車の横に、

エルグランドとかの高級ワゴンが停まっていたら、100%NHKの車です。

NHKは台風中継では決してアナウンサーを表に出さず、安全な車の中で喋らせるのです。


よって、風や雨の体感描写が難しいので、

「さきほど、漁港の方にお話を伺いましたが・・・」とか、

「港に設置されたブイが大きく揺れています」とか、そんな内容を喋るわけですね。


私はいつも、ずぶ濡れのズタボロのボロ雑巾になりながら、なんだか暖かそうなエルグランドを眺めてました。

トランペットを欲しがる黒人の子供のようにな!

スタバ開店がニュースになる

富山きときとテレビ ですとか、

徳島うずしおテレビ ですとか、

秋田なまはげテレビ ですとか、

テレビ局って日本列島各地に色々ありますよね。まあ、どれもないですけど。


***

私の実家は千葉で、生活圏は東京でした。

「地方といえども今はネットもあるし、流行も同じだろう。違うことといえば言葉くらいかな~」なんて、

UFOに乗り込む西村知美さん並みの楽観論者だったのですが、

実際、地方で暮らしてみるとカルチャーショックの連続でした。


まずX県にやってきてビックリしたのが女子高生の服装。

当時は「ヤマンバ」なんて格好がようやく渋谷で下火になったころだったのですが、

県下最大の商店街を歩いている高校生は、みんな普通の(変な言い方ですが)セーラー服。

髪の毛を茶色く染めた子もいなければ、ルーズソックスを履いている子も居ませんでした。

みんな真面目なんですが、ファッション的に言うと全体的に地味・・・でした。すごく。


いつだったか、ヤマンバ&厚底靴&eggの若者が闊歩していたのを見たのですが、

逆に、「アタシ、地元でがんばっちゃってます!!」的なオーラが出ていて・・・。

そんな格好で歩いているのは「山田ふとん店」とか「鮮魚・あおきや」とかの前ですし。


今、eggのホームページを見てきたのですが、


「春っていろんなスタイルが紹介されるけど、ぶっちゃけギャルっぽくないスタイルが多くね!?

ウキウキしちゃう春にウチらがマジでやりたいのは「カラフル&ハッピーな進化系ロック」☆


とありました。ご参考までに。


***


あと、スタバが出来ることがニュースになるということ。

しかもオープン日に台風が直撃してるというのに、

暴風雨の中でカッパ着てオープンテラスでコーヒー飲んでるんです。

ショートラテ飲みながら「伊東の朝は早い!」的な。(大橋巨泉さん)


・・・ま、私もスタバが出来て超嬉しかったですけどね。


そんな話を別の地方のアナウンサーにしてたら、

「ケイスケさん、うちの地方にはドトールがようやく出来たんですけど、

 タウン誌に『ドトールとは・・・』というガイド記事が載ってましたよ!!」と報告してくれました。



インターネットがいくら普及しようが、

情報格差というか文化格差というか、そういうものをヒシヒシ感じる毎日でした。


上海スタバ

火事現場を走る

私のいたテレビ局は非常に人数が少なく、

社員のカメラマン、編集マンはおろか、記者職もいませんでした。恐ろしい・・・。

つまり、報道部の社員全員がアナ兼記者兼カメラマン兼編集・・・という状態なのです。


もちろん、これは承知の上で入社していて、

先輩の女子アナがTBS「そこが知りたい」で、たんぼに入ってカメラを回す女子アナと紹介され、

「うわ~すげ~」と強烈に印象に残り、その点を入社面接でもアピールしました。

私自身、大学時代に自主映画でカメラも編集もしていたので、その点はまったく嫌ではなかったんですね。


が、サツ記者は正直予想外・・・というか、そこまでのイメージが沸いていませんでした。

で・・・入社まもなく、どうなったかというと・・・。


***


入社後、県警司法記者クラブに配属された私。

事件、事故、裁判、災害など、体力的、精神的にキツイところです。

よって、通常この記者クラブには、どの会社も新人が配属されることになっています。


入社3日目。

「ニュース終わり!さあ帰ろう!」というときに、消防から火災連絡が。

「ジリリリリン・・・○○町で住宅火災」

カメラにレインカバーをかけ、女性記者アナのOさんとテツと私でタクシーで出動です。


現場は住宅街。ものすごい人ごみ。

出火から時間が経っていたので、ある程度消火作業が進んでいたものの、

消防隊員がホースで四方八方から放水しています。そこをカメラで撮影するのです。


Oさん「カメラ濡らせんで!」


レインカバーを付けているものの、ビシビシ水がかかる・・・

というか、自分めがけて水が!!


「ひええええ!!」


煙でむせるわ、水は浴びるわ、寒いよ辛いよ・・・。

どこを撮影していいか判らず、ついカメラを人ごみに向けると、

「撮るなおまんら~!!!」と方言で怒号が!ひぃぃぃぃ。


・・・火はとりあえず収まり、消防のレクチャーを聞いてから帰ったのですが、

服というか全身に煙の匂いが付いてるんです。髪も靴もグジャグジャ。


タクシーのシートにぐったりと体をもたれていると、

大きな目と丸い顔が愛らしい、女性記者アナのOさんが、

「カメラの方がケイスケたちの年収より高いきね。自分よりカメラ守りや~(にっこり)」と

大きな目と丸い顔でサックリ忠告してくれました。


鬼に見えました・・・。OのOはONIのO・・・。

しかも仕事はそこで終わらず、ニュース原稿を書いて、編集して・・・と続くのです。



入社3日目で本気で帰りたいと思いましたが、

私が東京からX県へ来る際に使ったフェリー「さんふらわあ」が、

なんと私が乗った日を最後に、航路が廃止されていたのです。


ガーン。


***


火災現場は何十回と行きましたが、

あるアパート火災の取材で、10メートルくらい離れた別のアパートの2階外廊下からカメラを回していた時、

数メートルの火柱がボワワワワ!とあがり、全身にかなり強烈な熱を浴びたことがあります。

細い外廊下なので身動きがとれず、あれは正直やばかったと思います・・・。

私はアナウンサーになってから、消防隊員さんのことを本気で尊敬するようになりました。

悪夢の入社日

X県の某地方局に入社したのは、2001年の秋でした。

その局はいわゆる平成新局で、真新しい本社ビルが太陽を浴びて輝いていました。


入社日前日にフェリーでX県入りした私は、新居の鍵も受け取っていなかったため、

当日は就職活動で着たスーツに身を包み、ホテルから局へ直行しました。


午前10時過ぎの入社式。

同期入社のもうひとりの男子アナ、テツと2人で社長室で訓示を受けました。

「ケイスケ殿、報道制作局報道部勤務を命ずる」


ああ、夢にまで見たアナウンサー・・・。

このために大学に入り、放送サークルに入り、アナウンス学校に通い・・・。

費用は夜勤バイトでまかなって死ぬ気でがんばってきた俺!

達成感というかなんというか、満ち足りた気持ちになりました。

アナウンサーか~。局アナか~。ぐへへ。だらだら・・・(イメージ映像)


そして・・・入社式が終わり、お昼のニュースを見学し、

カメラマンの方に会社近くのココスに連れて行ってもらい、しばしのランチを楽しんでました。


「そのうち店員さんに顔割れちゃうかな~ガハハ!」

なんて、自意識過剰な馬鹿な事を考えていると・・・やってくるのです、悪夢が・・・。


支給されたばかりの携帯電話が鳴り、出てみるとデスク(上司)が。

「○○で竜巻が起こりゆうき、ちょっと行って。原稿は本社で書くき」


た、たつまき?!

食事も早々に切り上げ、カメラマンとテツを載せて会社の取材車で出発します。

原稿を本社で書く、という意味を理解できないまま、ブイイイイ~ン。


俺「・・・テツさんは免許取れたんです?」

テツ「はい。なんとか取れました。2週間前に・・・おばさんに借金しました」

俺「・・・大変ですね・・・」

同期なのによそよそしい会話。


***


2時間の長い長いドライブの末、海がキラキラ光る地区に到着。

竜巻の被害がどこかに出てるはず・・・どこ・・・?

地元の人に聞くと、どうやら車で上ったところらしい。


未舗装の私道・・・というか山道をグルグル上っていきます。

ありゃ。道が細くてこれ以上行けないわ。

仕方なく車を下り、スーツ姿のまま三脚や機材を持って山登り開始です。


三脚って重さ10キロあるんですよ。

それを肩に担いで山登り・・・腰が痛い・・・革靴で歩きにくい・・・。

カメラマンは、ど素人2人を連れてイライラし始め、なんか嫌な空気。


太陽の日差しでジリジリと髪の毛を焼かれ・・・スーツの下は汗ぐっしょり。

きょ、きょうは入社式のはずでは・・・?!

むーんむーん。


あ!あのあたりじゃないっすか?!


ようやく見つけました、それらしい現場。他のテレビ局もウロウロしてました。

幸い、竜巻はそれほどの被害は無く、民家の屋根瓦が飛んだりビニールハウスが壊れた程度。

けが人もいませんでした。

30分ほど撮影して、さあ帰ろう、と思ったとき、テツの姿がありません。


早く帰らないと間に合わない!つうか、早く帰りたい!!

キイイイイ~!なんてヒステリー寸前のところへ、冷たい缶ジュースを持ったテツ登場。

テツ「自動販売機で買ってきたよ(天使の微笑み)」


優しいテツの顔が天使のように・・・見えませんでした。

このときの私は、ヘルニアを患っていた関係で腰が死ぬほど痛く、

一刻も早く車に乗って帰りたかったのです。

いかにこのとき私の心が荒れていたか、今書いていて嫌になるほどです。ペッ。


往復4時間の運転を経てテレビ局に帰ったら・・・なぜかニュース原稿が出来ていました。

ほかに誰が現場行ったの?なんで?

・・・実は、原稿は状況と種類によっては「電話取材」のみで書くことがあるとのこと。


のほほんと本社で書きやがって!なんて思っていると、
デスクから疲れに追い討ちをかける一言が・・・。


「きみら二人、サツ担記者になってもらうき」(サツ=警察)


***


その夜、私は築15年の1DKマンションに引っ越しました。

自分の部屋に入ると、玄関に大家さんの趣味の額縁が飾られていました。

かぼちゃの絵・・・よく見ると・・・画・鶴太郎って書いてあるよ・・・おでん・・・。


晩御飯は近所のヤマザキYショップ(決してデイリーヤマザキではない)で買った

アルミ鍋に入った生ラーメン。ひとつ。

財布の中には数千円。

腰が痛くて痛くて、体も心も疲れて、なんだかいきなり暗い気持ちに。

しかも、アナウンサーじゃなくて記者・・・。


東京に比べてなぜか全高が低いベランダサッシから薄暗い街並みを見ていると、

急に不安が襲ってきました。


だまされたのでは・・・(この時はそう思った)


あれ・・・。


あ・・・。


帰りたい・・・。


私のアナウンサー人生初日の日は、こうして更けていきました。

ごあいさつ


あなたは、「アナウンサー」と聞いてどんなイメージを思い浮かべますか?


スタジオでライトを浴び、カメラの前でニュースを読む。

スポーツ中継で叫ぶ。

街を歩いているとキャーキャー言われる。

泥んこオリンピックで顔面から泥にはまり、NG特番で「泥水も滴るいい女!」とみのもんたさんにアフレコされる。

スポーツ選手と結婚してフリーになって、そのうち「ママはアナウンサー」(推定)とかいうタイトルで執筆活動に入る。

アナウンサー志望者対象の掲示板に入り浸り、「学歴は関係ありません」と書き込んでおせっかいを焼く。

WBSの小谷キャスターの色っぽさをどうすれば盗めるか研究に余念がない。

次期参院選出馬に向けて、組織固めに忙しい。



もとい。


おしなべて言えば「憧れの職業」「サラリーマンなのにタレント」と言う事でしょうか。

私もそう思ってた時期がありましたよ、ええ・・・8年前の入社日までは・・・。



このブログは、地方アナの厳しいけど楽しい日々の日記です。どうぞ宜しくお願いします。