まずは、非常に苦しい中踏ん張り続けてくれた全ての命に絶対の感謝を捧げます。
本当にありがとうございます。
本日は久しぶりに導管としてお伝えしたいと思います。
そして、全ての導き手、そして歩み続けることが出来た方々。
そして、罪を背負う全ての同胞、罪を賠し同胞、今現在、罪を犯す同胞。
等しく、皆に
あい ひかり わかるを送ります。
そして、包みます。
そして、あい ひかり わかる を通します。
人は、差に苦しみ、憎しみ、悲しみ、憎悪することがあります。
神は、あなたが真に心より望まなければ、気付かない。
なぜ!
それは、見えないから。
貴方方人々が神の心に気付かぬ様に、神もまた気付かない。
それは、この世界が神から見れば暗闇に包まれてる様に見えるからです。※比喩的に
神に届くのは、心なる祈りです。
貴方は、神に望むことが出来ますが、
その祈りを届けるために心と体を清めていますか?
清めた場所で祈りを捧げていますか?
神は一つにして全て。
※全ての中にはその法則に気付き従うものも含まれます。
かつて、光に溢れる1人の若者がいました。
彼は、心に神を感じ取り、そして、その歩みを止めませんでした。
何日も何年も、無限と思える日々を歩みました。
そして、ある時、敬虔なる若者は年老いていた。
周りの者たちとの差を感じつつも、
真に祈り、歩むものである。
ある時、私は何故、報われないのか?
そう感じたのです。思ったのです。
疲れ果ててしまったのです。
若者は前のみを見つめ歩み続け、老いました。
なぜ神は、このように忠実な私を愛さないのか?
それは、年老いたものの目に映る周りとの差でありました。
神に唾を吐きました。
年老いたものは神に背を向けたのです。
歩き続けることはとても大切です。
そして、立ち止まることも
そう、許されてるのです。
若者は、歩みを止めて振り返ると良かった。
砂浜に足跡が残るように、進んだ歩みの跡はしっかりと残されていたのだから。
一にして全。
神は片時も離れることはない。
深淵を覗くものは、また、深淵から覗かれている。
では、神は?
通じるだけで良いのです。
神は我々からは光より眩しくて、目では見えません。
心にのみ感じます。
特別ではありません。
貴方が、神を見つめ感じ取るだけで、お金を払うことも。
誰かに、縋る必要もない。
ただ、貴方とあり続ける神が存在することを信じ、感じ取るだけです。
それは当別な技術はいりません。
日本には、禊という言葉が残されています。
かの、イザナギノミコトが、残した心身の汚れを祓う方法です。
イザナギノミコトは禊ぎ、イザナギノ大神に還った。
ちなみに、導管たる私のやり方は、塩、で全身を隈なく洗い水で清めることです。
これを自身が必要と感じる回数をしてみると良いでしょう。
そして、洗濯された衣服に身を包み、神前に立ちます。
これは、宗教ではないので、特定の誰ではなく、貴方の心に感じる神に祈りを捧げれば良いでしょう。
これには、厳密にいうとお供えや供物はいりません。
供物というならば、清められた祈りこそ供物なのです。
そして、真剣に心から祈られた祈りは、通じるものなのです。
そして、もう一つ伝えましょう。
奇跡は、起きます。
何というか、どの様にすれば良いかわかるのです。
これは、誰かがそう信じ込ませることではなく、貴方自身がわかるのです。
日本語だと、腹にストんと落ちる。
この言葉が当てはまります。
奇跡は、感じて、わかって、歩んで、歩んで、歩み続けて、形になります。
そういうものです。
※ちなみに神との距離というか繋がり濃くなると、時間が圧縮されます。
今、ここに書いている導管もまた、自ら感じるのみです。
さあ、
本日素敵なことが起きました。
さ、あ
掛け声です。
清めは本人が望み、その様に進み。
咳とともに、痰が吐き出され。
原因のさ に戻り、
気付いた結果、あ、が贈られたのです。
後ろくらい差を見つめるのをやめて、歩み始めましょう。
さあ!
ここまで、暗く厳しい道のりを歩んで下さった全ての方。
希望を失い、罪を犯した方々。
ただ、耐えるだけの日々を重ねた皆さん。
さあ、勇気を持って、第一歩を踏みしめましょう。
貴方が歩きだせば、世界は動き始めます。
まずは、あなたの世界から。
世界もまた、1にして全。
最初は、一度振り返りましょう。
貴方は、この厳しい道を歩めた。歩き続けた。
それは賞賛に値することだ!
(ちょっと話者が変わります。)
いいか、それはすごい事なんだ!
まるで、泥の海を歩き続ける様な事で、普通じゃ成し遂げられない事なんだ!
人によって、行きつ戻りつ、またグネグネと曲がる者
何でもいいじゃないか!
良く歩んだ!
無論、中には真っ直ぐただひたすらに真っ直ぐに進んだ者もいる。
脱帽だ。賞賛しかない。
ありがとう。君は誉だ!
そして、彼に代わって感謝をしたい。
ドナルド ジーザス トランプ
キリストの魂を引き継いだ、年老いてなお、若者に負けぬものに
感謝を、彼をサポートした、全てに感謝を
彼がやらなければ、
サタンは光に帰ることが叶わなかった。
とても厳しく、誰にも理解されぬ重圧を受けなお進み続けたことに最大の謝辞を贈る。
貴方がキリストを背負わねば誰も出来なかっただろう。
人間である、貴方が負った責任は偉大であり、
まさに十字架に掛かる重圧をその身に感じたことだろう。
色々なもの諦め、代わり手に取ったその松明は地球人の皆を笑顔にすることができる。
松明が受け渡されるまで、今暫く、貴方に守っていて貰いたい。
きっと、次代が現れ、その重圧を受け止めるだろう。
この解釈は、ご縁のある方それぞれにお任せいたします。
今、停滞中の方、苦しい方、悲嘆に暮れている方etc。
誰も、褒めてくれなくても、貴方は貴方を褒めよう。
そして、歩んだ足跡を見つめてみよう。
足跡は確かにあるから。
誰に認められなくても事実事実。
反省もあるかもしれない。
じゃあ、勇気を持って、変えてみよう。
神様もだけど、示すことはできるけど。
行動は、本人だけしか出来ない。
始めるのに、早いもの遅いもないよ。
ただ、やるだけ。
そう、歩くだけ。
彼でも変われた。
さあ!
腹が立つなら、自分で行こう。
そうじゃないなら、彼でも変われる。なら私もでいいと思う。
さて、一つ追伸を
わかる範囲で、そのまま記載します。
あい、についての一つの解釈ですが、在、心の方向とでも言いましょうか、自身とはなんぞやとでも、書けば良いのだろうか、丸く書くと、神と繋がる自分の様な認識と表現したいと思います。
もっと適切な表現もあるかと思います。
愛は神との繋がりを感じることなのかと。
神を宇宙と言い換えると、宇宙との繋がりがあい。
人との繋がりもあい。
自身の深くにあるのがあい。
それをなくすと、何というか暗くなる。
あい、は誰かに貰えるものじゃなくて、与えられるものじゃなくて、
在ると気づくものじゃないかと思います。
気付いたら、その繋がりを大事に、強く、太く育てましょう。
まずは、自分からです。
自分を満たさなくちゃ、他人は満たせない。
そして、奪うと奪われる。
だから、あい、はとても重要な必要な気付きだと思います。
ひかり、は時に痛いのです。心が闇に向いてる時、ひかりはとても痛い。
悪魔はそう言っていました。
闇というのは、ひかりがないわけではない、ということを覚えておいて下さい。
光量が弱いことです。
明るいところから見れば、時に真っ暗に見えるだけで、光が無いわけではありません。
そして、光が強くならないと、神からも見えず、こちらからも見えないという、、
故に、ひかりは、あるところから分けて貰えば良いでしょう。
最後に、わかるです。
わからないから、見えないから、間違える。
暗いと見えにくくありませんか?
間違えやすくなりますよ。
また、わからないからからこそ、わかることが重要なのです。
わからないことがわかる時、初めて何がわかり、何がわかっていないかの境界線が見つかります。
その先に進むことがわかることに繋がります。
ちなみに、わかると理解は違います。
わかるがアナログで、理解がデジタルの様なものです。
わかるは、腑に落ち、理解は頭で、そんな違いです。
長くなりましたが、お付き合いありがとうございました。
そして、トランプアメリカ共和国大統領、ありがとうございます。