彰は、父の転勤で城下町に来た。
海の見える美しい町だった。
そこの北台に家はあり、すぐ近くが土壁に囲まれた小学校だった。
4年生だったが、転校するとすぐにボスになっていた。
母は、彼が掃除の時間に、自分はクラスの中央に机の上に座って、
クラスのみんなに掃除を指図していたといって先生に呼び出されたりした。

ある日、母は、彰と幼い弟に留守番をさせて買い物に出かけた。
家は、石段の坂の上の武家屋敷で、庭には池があり、橋がかかっていた。
彰は弟を連れ、庭の端の井戸を見せに行った。
母からは余り近づくなと言われている所だ。
「よく聞いてろよ。」
彰は石を落としてみせた。
北台だけあって深く、しばらくして井戸の底から音がした。
そのとき彼の友達が遊びに来た。
彼は、しばらく話を聞いて、考えていたが、弟に振り向いて言った。
「兄ちゃんはちょっと出てくるからな。留守番しとくんだよ。」
弟は驚いたが、うなずいた。
まだ、駕籠がかかっている玄関の土塀の門から、
兄と友人は出て行った。
幼稚園にも上がっていない弟は、しばらく突っ立っていたが、
その広い庭が急に怖くなって兄の後を追った。
その家老屋敷の隣は石段の坂になっていた。
坂の一番上で彼は兄を呼んだ。
兄は振り返るとすぐ戻るから家に入っとけと言った。
石段の彰と友人の向こうで、夕日が沈もうとしていた。
弟は、急いで帰り、屋敷に入った。
広い屋敷の縁側の向こうで、美しい池のある庭に、
夕闇が迫ってきていた。
友達もいない弟は、ただ一人で泣き始めた。
広い庭の木々が、やがて暗闇に包まれ黒くなってきていた。
信じがたい静寂の中で、時間が凍り付いてしまった。

もう暗くなり、母が戻って、
砂糖固めのビーズの菓子を弟の口に入れても
弟は泣き止まなかった。
彰は帰ってしっかり叱られることとなったが、
彼は腕白盛りだった。
その後、彰は、この屋敷から1年でまた去ることになった。