シニアのグランプリシリーズが始まりますラブ



楽しみな人もめちゃくちゃ多いのではニコニコ!?



先日、






の記事を久々にスポーツ系真剣記事を書いて思ったのは、



「ルール」がその競技の方向性を決める重要な指針となる



ということ。



昨日の報道ステーションで、まっちーが







「新体操もフィギュアスケートも、鑑賞されることを意図した身体運動なんですよね。そういう意味でどんどん芸術性が損なわれていくというのは、その競技の本質も同時に損なわれていっていると私は考えています。」



こうお話されている動画を見て、



「あー、新体操のことを言ってる」



と勝手に思いました。



(この後、報道ステーションの全部の動画を見たら、やっぱり新体操のことと言わんばかりの作りになっていましたね。新体操は、技の数が無制限なのかぁ‥。なるほどと思ってしまった。)



そう、芸術とは音楽と身体が一体となること。



音楽は、動と静が当たり前ですけどあります。



でも、今の新体操は「動」しか見当たらない。



行進曲も素晴らしければ、アリアも美しい。



両方美しいですよね。



なのに、行進曲(動)しか表現出来ないルールというには寂しい限りです。



新体操で考えると、どうして今のような流れになってしまったのか。



それを考えたとき、アリーナ・カバエバ(ロシア)の存在が浮かんできます。



彼女は2004年アテネ五輪金メダル、2008年シドニー五輪銅メダルを獲得し、約10年の間新体操界に君臨した選手です。



Wikipediaにも書かれていましたが、「新体操を変えた」と言われるのは、柔軟性を生かした奇抜なポーズを特徴とした独特のスタイルのプログラム構成だったからではないでしょうか。



個人種目ですから、もちろん「個性」がないと埋もれてしまいます。



そういう意味では大成功だったカバエバ選手の演技構成ですが、彼女が「1位」に君臨しつづけた影響を、2018年の新体操を久々に見ても明らかに感じてしまいます。



カバエバ選手が、一時代を彩る中心選手だったことを考えると、



「カバエバ選手の演技は1位が取れる」



そう誰しも思ったことでしょう。



それが10年間ともなると、全世界の新体操に関わる人々が、どれほどの影響を受けたかを計り知ることができません。



これは、どんな競技であっても同じですよね。



新体操と同じように、音楽と身体を使った競技という点では、フィギュアスケートはかなり近しいものがあると思います。



他の競技と違い、音楽や動きを自由に(もちろんルールにのとってではありますが)決められる裁量を選手(と場合によってはコーチ)に与えられた自由度の高いフィギュアスケートという競技は、いつ新体操のように芸術性を失うとも限らないのです。



(言い切ってしまいます。はい。)



そこで思うのは、羽生結弦選手の存在です。



彼は、オリンピックチャンピオンに2度(つまり、少なくとも8年間)も輝いたことで、フィギュアスケートの最前線にいることは間違いありません。



彼がやることは、フィギュアスケートの未来を形成していると言っても何の支障もないでしょう。



そんな羽生結弦選手の今季のプログラムが、全てのエレメンツの難易度を高く作っていること、そして芸術性と個性をきちんと表現しているプログラムであることは、本当にありがたいと思わずにはいられません。



かつて、男子フィギュアスケートはプルシェンコ選手に代表される「クワドジャンプの時代」からトリプルジャンプで金メダルがとれる時代にある意味後退した時があります。



実際、見ていて気持ちのいいものではありませんでした。



だって、世界一を競っているのに世界一の技を出し惜しみして金メダルを獲得していたのですから。



(これは、今の新体操界と正反対の時代と言えます)



この時代を経て、羽生結弦という選手は世界一の技と芸術性を併せ持つ王者として君臨しています。



フリープログラムが4分30秒から4分になり、GOEの幅が大きく広がったことで、ジャンプの回転数を落とす選手がいるかもしれません。



そう、そういう選手がいてもいいんです。



ジャンプの難易度ではなく、プログラムの完成度を極めるプログラムが適している選手もいるでしょう。



でも、トップとなる選手はその競技を背負ってたつことになるということです。



トップの選手を皆が目指し、トップをとりたいと渇望するのが選手です。



だから、トップを目指すということは、「競技トップの姿」を目指すということになります。



観戦する私たちは、どういう演技が観たいですかはてなマーク



私は「競技会」であるなら、技と芸術性両方最高の演技を観たいし、そういう選手が1位になってほしいと思っています。



80年代、伊藤みどりさんが「女子フィギュア」を変えてくれました。



芸術性だけでなく(見た目に美しい)、フィギュアスケートの技術も競う競技へ。



人々が求める競技になった時、その競技は人気を集める。



人気とは、人々が求めるものをした証。



羽生結弦人気は、億レベルで求めることを体現したからだと思っています。



「人気」という言葉の真髄が気になる今日この頃です。




この本が気になる〜



買ってないし、読んでないけど(笑)



ではまた