今日は、怒りという感情について考えてみたくなったので、書いてみるね。











以前読んだ本の中に、こんなことが書いてあった。
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ハゲてる人に向かって
「あなたはハゲてますね」
そう言ったら、必ず相手は怒るだろう。
でも、全くハゲてない人に向かって
「あなたはハゲてますね」
と言っても、怒ることはないでしょう。
つまり、人は自分がそうだと思っていることを言われた時に嫌な気分になるのです。
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こんな感じだったかな。
確か、記憶が正しければ、これが書いてあったのはこの本だと思った。
この本は、とにかく良書で老若男女おススメできる本なんだけど、一言で言うと「コミュニケーションの真髄が分かる本」。
人の心が動く瞬間を、どうやって意図的に作り出すのか、エピソードから考察している。
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話は戻って、ハゲの人にハゲと言ったら必ず怒るというのは、普通に想像してみて
「確かにそうだ」
と深く納得してしまった。
私はハゲていないので、面と向かってハゲていますねと言われても、なんのことだか分からないという反応をするだろう。
そして、「怒り」は微塵も起きないことが分かった。
日頃、大人として生活していれば、まさかハゲてる人にハゲてますねと言う人が多くいるとは思わない。
(子供だったら意外と多くの人が言うだろう。残酷!)
でも、ハゲてるという部分に他の言葉を入れたとしたら‥
全く違う印象になってくる。
「太ってますね」
「痩せてますね」
「背が高いですね」
「背が低いですね」
「勉強ができないんですね」
「勉強ができるんですね」
「仕事ができないんですね」
「仕事ができるんですね」
「かわいいですね」
「ブスですね」
「イケメンですね」(ドラマのタイトルだ!)
「ブサイクですね」
どうですか?
書きながら、
「あー、自分にはいろんなジャッジが入ってるなー」
と思い知ってしまった

いや、だってね。
「かわいいですね」
って言われて怒る人あんまりいないよね、と思う自分が居てさ。
「ブスですね」
って言われて、嬉しい人あんまりいないって思ってしまう。
でも、これは人間が2人居て、相手に対して思ったことを言う人と、言われた人が居るだけ。
そして、言われた人が「嬉しい」という歓喜の感情になるか、「嫌だな」という怒りの感情になるかを決めている。
カーネギーさんの本から考察すると、
「ブス(だと思っている人)にブスと言ったら怒る」
となる。
つまり、自分のことをかわいいと思っている人にブスと言っても
「私かわいいしー」
と思うだけ。
ハゲているというのは、見かけ上明らかな事実なわけなので、ブスとはちょっと違うと言えるかもしれない。
「ハゲ(ている人)にハゲと言ったら怒る」
この社会には、うっすらと誰もが信じる社会の常識のようなものが存在している。
だから、大枠で社会の常識と言われるものの中でポジティブなことを言われた場合は、怒りにはならないのかもしれない。
「かわいい」「美人」「イケメン」「美男子」(死語?) 「ヤセてる」「キレイ」「頭いい」「仕事できる」
こんな言葉たちがそうだと思う。
それでも、褒め言葉を言われた人が自分に対してそう思っていない場合、嫌悪感を抱くこともあるだろう。
「かわいいね」
そう言われても、
「かわいくないのに、嫌味なのかな?」
そう思うのがよくある例だ。
カーネギーさんの言葉を読んだ時、実は「ハッ」とした私。
というのも、「ハゲてますね」という分かりやすい言葉だと、大人は「思っても言わない」ことで相手に怒りの感情を抱かせないでやり過ごすことを生きる中で身につけていく。
でも、「ちょっとした会話」の中で私は「ハゲてますね」と同じことを言ってしまっていた過去に気づいたんだ。
例えば、〇〇を気にしていると分かっている友人に、
「〇〇はどうなんだろう?」
って、その時の自分としては良かれと思って言っていたり、
上司に
「〇〇は〇〇ですよね。」
と正論を言ったりしていたなーと思い出しました。
〇〇を「ハゲ」で当てはめてしまうと恐ろしい
「ハゲはどうなんだろう?」
「ハゲはハゲですよね」
私は結構思ったことをズバズバ言う(友人からズケズケ言うと嫌味を言われたこともあった)方なので、思い出せばキリがないくらい。
「あー私これを言ってたから、コミュニケーション上手くなかったのね
」
と分かったわけなのですが、これを意外と知らずにやっている方がいるのではないかなぁと思ったわけです。
見かけに対する言葉「デブ」「ハゲ」などの分かりやすいネガティブな言葉ではなく、「仕事内容」や「仕事の姿勢」、「ちょっとした雑学」まで細かい話であったとしても、相手がそのことに対してどう思っているかで「怒り」の感情が出てくる。
これがいわゆる「ケンカ」なのかもしれない。
ケンカは怒りがベース。
カーネギーさんの本の中で、リンカーン大統領は相手が明らかに間違っていたことでも、あえて指摘しなかったというエピソードを紹介してくれていました。
それは、「怒り」の感情を相手に抱かせたくなかったリンカーン大統領の、いわば「戦略」だったのかもしれない。
ずっと怒りの中で生きていきたいと思っている人間は1人も居ないと思います。
私たちは、できるだけ「怒り」の感情を持ちたくない、「怒らせたくない」と思っています。
だから、ケンカになりそうになった時、私は「ハゲてますね」といわれた時の感情を思い出すようにしている。
そう、「ハゲてないし」この気持ちだ。
もし、ハゲている人が心を痛めて読んでいるとしたら
「頭悪いですね」
でも
「デブですね」
でも何でもいい。
自分がそうじゃないと強く思えることを、怒りの瞬間に思い出して欲しい。
そうすれば、
「自分がそう思ってることを言われただけ」
ということが分かるだろう。
どうしても生きていれば、怒りの瞬間は無くならない。
でも、怒りのポイントと相手とは関係ないという気づきで、ほとんどの怒りは無くなってしまうかもしれない。
最近言われて「以前だったら怒ってたなー」という言葉を紹介するね。
「お前レベルの人間に言われたくないんだよ」
これね、弟が言ってきた言葉。
こんな感じの言葉、怒りポイントの人居ない?
相手はさ、怒らせようとして満を持して言った感があった。
実際、大声で指指して言ってたからね。
で、言われた時思ったんだ。
「私、自分のことレベル低いって思ってない」
そう思ったら、スーっと感情が一瞬で死んで行ったの。
結構ヒドい言葉ではあるけど、こうやって怒りの感情を抑えることができたんだ。
コミュニケーションって、正解がなくて人それぞれ受け止め方が違う難しさがあるけど、それでも生きている限りコミュニケーションは必須だからスキルアップしていきたいなーと思うのでした。
さいごに、私と会社の男性とのやりとりを紹介するね。
「ハゲてますねって言われたらムカつく?」
「ハゲてるって言われてもムカつかないけど、「薄毛ですね」って言われたらムカつくわ〜」
これよくでてるよねー。
自分はハゲてるとは思ってないけど、薄毛とは思ってるからムカつくとな



