ウミネコが飛来して漁獲が盛んな小さな町。
田舎に住んで代わり映えのない毎日に人々は退屈だと言うけど、
私の全盲より沢山の経験が見える筈。
私は家族の顔さえ見えない。
父は漁師だったが海賊に襲われて亡くなった。
幼い頃は、いつも顔をペタペタ触って表情を確認する。
でももう父親の顔は触れない。
全盲だから学校ではのろまとからかわれ、大切な杖を取られてしまった。
とにかく楽しくなかった。
苦しい時、みんなが綺麗だと言う「青い」海に飛び込んで死にたいと思った。
母親が病気になって亡くなった時、
私は全盲の売春婦になった。
定職は就けなくてもある程度で稼ぐ事はできる。
純粋な女性なら眉を顰めるかも知れないけど・・・。
杖を持って階段を降りる私を横切って子供達がはしゃいで上を駆けてゆく。
行き先は建物に囲まれた夕焼けの見える中庭。
静かな海の波止場で海釣りをする老人。
「ブルーチーズ」という店名の看板を掲げるバーは今日も盛況だ。
海賊の溜まり場で、普段、市民は来ない。
漁師や市民はもう少し町の近くにあるバーへ通う。
このテリトリーにはあまり近付かない。
海賊は荒くれ者が多く、ジョッキの中に煙草を入れて殴り合いの喧嘩する事もある。
しかし、バーの店員は仲介しない。
仲介すると火に油をそそぐからだ。
「会いたかったよ。レイナ。」
「ジン、久しぶり。お金は?」
「気が早いなァ。」
私はここでは有名で「売春のレイナ」と名乗っている。
「俺も誘いたい。いつもジンばっかり相手して。」
「お前は30年早い。」
「さて、2階に行こうぜ?」
「じゃあね。バイバイ。」
「良いなぁ。金はあってもあのジンがずっとついてちゃ手も足も出ねえ。」
お酒も飲んでほろ酔い気分の私は波止場の倉庫街を歩くと背後から誰かに襲われた。
「んん!!」
口を塞がれ、身動きが取れない。手に掴んでた杖を失ってしまった。
私の体を引きずり、何やら倉庫の中に監禁されてしまった。
そこは静かな場所で耳元から啜り泣きが聞こえる。
(子供?)
真横からライターの着火する音がした。
私には見えないが煙草の煙が充満している。
「やあ、ユナ・・・元気か?」
縄で拘束されて思う様に行かない。
「その声、ダート・・・。」
私が子供の時、母の形見の杖を質屋に売った不良のダート。
「子供を人身売買してるの!?」
「ああ、小遣い稼ぎだよ。」
「こんな事して、許される訳がない!!」
「ユナだって小遣い稼ぎしてるだろ?男に股開いて。」
「そんな事、子供の前で言わないでよ。」
一度、売春を断った腹いせか。その後、音沙汰もないから危機感がなかったけど。
「お前、この田舎が退屈だから出ていきたいって言ってたよな。良い出先があるんだよ。」
近くに煙が漂う。多分、しゃがんで煙草を吸っているのだろう。私は煙に咳き込んだ。
「胸に金あるだろ?火消しにくれよ。」
ダートは安物のドレスの胸に挟んだ紙幣を引っ張り出し、煙草を使い、紙幣を燃やす。
「燃えたなァ。良くこんなはした金で股開けんなァ?」
「そのはした金をあげて私と寝ようとしたじゃない?」
ダートはユナの髪の毛を掴んで、引きずり倒した。蹴られたお腹が痛い。
「ごほごほッ。」
「3時頃に出発する。売春婦のお前の行先は地獄行きだ。」
*******
「みんな・・・大丈夫?」
安心したのか泣いてた子供達がユナを見る。
「ごめん。アイツがこんな事に巻き込んで。」
「ダートって男は知り合いなの?」
「学校のクラスメート。昔から私を虐めた張本人。」
「そっか・・・。」
「逃げる事できないかな?」
「無理だよ。あのおじさん、あそこの血の様な色をした茶色いの床を見せて「騒ぐとあの床みたいに血だまりになるぞ?」って脅したんだ。」
見えないけど、きっと床にある「染み」は本物なんだろう。
ダートは海賊だ。殺さない訳ない。
「出港の時間だ。」
蒸気商船上の床には途中に階段があり、床の下には地下牢がある。
檻の蓋を開けて、子供達を階段へと押しやり、格子の蓋を閉める。
檻の上には猫が歩き、人間をちらっと見るが私達を素通りする。(猫がいるのはネズミ対策)
檻の上には更に積み荷を置く音が聞こえ、ここが厳重な檻だと子供達でさえ悟ってしまった。当然、檻の中にはトイレもなく悪環境だ。(少しだけ光が届く)
ここから長い期間の間を経て大陸に寄港する。
「おい、この商船でお漏らしたら死刑だからな?」
「臭くて樽の水を掛ける奴もいるけど、水は貴重だからな。トイレはちゃんと監視の奴に言えよ?一人すつだ。分かったな?」
・・・昔、建物が囲まれてる中庭の椅子で新聞を読んでいた老人に聞かされたが、人質奴隷は大抵、餓死で死ぬ。牢屋に入れられ、嵐で荒波の海水が檻の牢屋まで掛かり、中で溺れて死んだ女子供もいる。
死体は海に放り投げられ、親の手元にはほとんど帰って来ない。
広大な海の上では誰も助けに来ない。
絶望的だ。
*********
早朝、霧深い海の中で出現した大型海賊船があった。
「おい、ありゃゴールデン号じゃねえか?」
「髑髏旗の海賊か?」
「今夜、夜襲するかも知れねぇからな。気ぃ付けろよ。」
国の領主達に警戒されてる大海賊「ゴールデン号。」
あらゆる犯罪に手を染め、無害な商船がいくつも沈没してる。
喧嘩売る相手じゃない。
「大海賊が居るって事はあいつら怖れて何処かの島で船を係留する筈。その隙にこの牢屋を壊せないかな?」
一際、大人びた声の少年が私に向かって相談する。
「そうね。でも上手く行くかな・・・。」
ドオンという号砲が聞こえた。
「敵襲だ!!」
「えっゴールデン号が撃ってるの?」
「らしいね。何か楽しくなってきちゃった。」
こんな状況なのに笑う子供が居るのが不思議だが、これは天の助けだ。
ドオン。
沈まない程度に撃って接近戦に持ち込んで相手の船に橋桁を掛ける。
綱渡りして敵の陣営に突入して、勝敗は1時間もなかった。
「大丈夫?」
死体の腰から牢屋の鍵を拾ってきた青年が居た。檻の蓋に載せてある積み荷を一人でどかした。
しゃがんだ青年は、年齢が若く、茶髪の毛が天然で跳ねている。
「ごめんな。人身売買する位、商売が下手な海賊も居るんでね。」
顔が分からないが、存在感のある声に子供や私はほっとした。
「助かった~。」
みんな、お互い抱き合って無事であった事を素直に嬉しがる。
「そこの坊主の一人だけ牢屋に入れとけ。」
「ハッ。その言い方、ないんじゃねえの?兄貴?」
「えっご兄弟?」
「勝手にどっかふらついてるかなっと思ったら人身売買されたなんて海賊として恥だな。」
「お前の知り合いの姉ちゃん助けたのに弟に対して随分な言い方だな。」
「檻に入れられてるお前の何処が・・・ユナ!?」
「えっ誰なの?」
「故郷のアゼンに帰ってきたんだよ。ユナ。」
「えっ?」
「あ~顔が分からないから覚えてないか?」
「残念だな。兄貴。」
「お姉ちゃん、この落ちこぼれは俺の兄貴でエディだよ。」
「えっエド?」
「一言多い。俺は落ちこぼれてなんかいない。」
「この売春婦のお姉ちゃんに告白出来なかった癖に?」
「売春言うな。このクソガキ・・・。」
「エドなの?」
「良く覚えてくれたな、ユナ。ただいま。」
愛想笑いの一切ない屈託な笑顔で幼馴染のエディは一時、故郷に帰っていたのだ。
お互い潮風に髪を撫でられながら喋り合う。
「で、俺はユナの家庭の詳細知らなかったけど、そんな事になっていたんだ。」
若い頃に田舎を飛び出し、いつの間にか海賊になっていたエディは大人びていて声もしっかりしていた。
「うん。」
「ごめんな?俺は何も知らなくて。」
幼馴染から頭を撫でられ、くしゃくしゃになる。
「引っ越ししたんだと思っていた。」
「そっか。そうだよな、俺が海賊の船員になるだなんて言ってなかったし・・・。」
「ううん、私には海賊になりたいなんて言ってたじゃない?」
「そうだっけ?」
「うん。海賊の姿が格好良いって言ってたもん。」
「そっか。」
「本当になったんだね、おめでとう。」
「でも遅かったか。」
「何で?」
「だって・・・。」
はだけた胸元のドレスを見て渋る。黙るエドを感じ取って私は言い返す。
「私の不幸は良いの。それに売春婦は嫌じゃないよ。」
「嫌じゃない?」
寧ろ、戸惑いを隠せない幼馴染に私は落ち込んだ。
「いや、俺も売春は否定してないよ。その格好好きだし。ただそこまで堕ちる生活をしてたなんてどうしても考えたくなくて・・・。」
「ふふ。エディはそのままの性格なんだね。」
離れていても何処となく自分の女だと勝手に思っていた幼馴染はその垢抜けた彼女にエディはすねてしまった。
「やっぱり全盲じゃ生活は厳しいな。」
「まあ、確かに定職には就けないね。」
停留先の列島で一晩過ごした。
船長のルイから一定の理解を得て、全盲でも同行出来る様になったが、ただし、ルイ以外売春婦のユナに手を出すのは禁止になった。それは勿論、幼馴染のエディも掟には従わないといけない。
「ねえ、私の何処が好き?」
「だって弟さんが。」
「ああ・・・顔、顔に触れてくる所だよ。」
全盲の人間は通常接近して表情を手の平で読み取る癖がある。
「その単純な接触で好きになったの?」
「思春期だし、女に接近されて好きにならない男はいないだろ?」
「ふふ。可愛いね。」
エドは恥ずかしくなって困る。
「俺に興味なかった訳?」
「前はさらさら。今の方があるよ。だって男女関係になれるでしょ?」
「ふぅ・・・俺だけか。」
「今の大人っぽい声は見えない私でも好みの声。」
「ルイの存在がなければこうやってキス出来るのに。」
「んン。」
潮風が流れる中でお互いの唇を重ね合い、星空の下で抱き合う。
「星は見えなくても手があれば相手を感じる小さな幸せだけで私は充分。」
「ねえ、内緒でこっそりセックスやる?」
「他の海賊さんには内緒ね。」



