「・・・・蓮・・・蓮?どうしたんだ?」
考え事をしているというよりは、心ここにあらずといった蓮の様子に社は少し不安になって声をかけた。


「あ、いえ・・すみません。」
寂しそうな笑顔が何を考えていたのかを物語っていた。


「キョーコちゃんの事だろう?・・しょうがないだろう?マネージャーといえば、いわば家族のような存在だ。たかが2~3週間の付き合いでも四六時中顔を合わせていれば、仲が良くなるもの当たり前だよ・・」


「そうですね・・」
蓮は、日々綺麗になっていくキョーコと日増しに仲良くなっていく2人の関係が不安で仕方なかった。


「蓮・・・気になるなら・・・っと、電話だ・・すまん・・あれ?・・・・ぐふふふふ」
社は表示された名前を見ると、ニヤリと蓮に視線を向けて気味の悪い笑いを浮かべて嬉しそうに電話に出た。



**


「ん~~~・・・・ぅん・・・あぁああああ・・・はぁ~」
メモを読みながらキョーコは一人唸っていた。


ラブミー部の部室で拓斗にもらったメモと睨めっこをはじめてすでに30分以上が経過している。このメモを持って蓮に相談に行くべきか、社に相談に行くべきか真剣に悩んでいた。
すでに飲み干してしまった空のカップに気が付かずキョーコはカップを口に運ぶ、さっきまで入っていた琥珀色の液体もいつの間にか空になっていることに気が付くと、あきらめたようにため息をついて、弄んでいた携帯電話を再び手にした。


「はぁ~・・・拓斗さんって仕事には容赦ないわよね・・・」
渡されたメモを強く握りしめると、キョーコは社の携帯電話に連絡した。


「お疲れ様です。社さん・・その、折入ってご相談したいことがあるのですが、今お時間大丈夫ですか?」


タイミングよく休憩時間だよ、とやさしい声が答えるのを聞いてキョーコは安堵のため息をつく。


「えぇ~っとですね・・そ、そ・・・その・・・・ぁあ、あのですね・・・」
さっきまでの勢いが急になくなり、キョーコはしどろもどろ話を進める。


『うん、どうしたの?』


「そ、その・・拓斗さんに自分の欠点を指摘してもらって・・・・ぅうん、あ・・えぇ~っと、それをなおしたいのですが・・・・その、どうしても一人では・・無理なので・・もし、ご都合が付く時間があれば・・その・・」


『俺で何か役に立てるのかな?・・もちろんだよ・・で、何を手伝ってほしいの?蓮じゃなくて俺で良かった?』


「あぁあの・・ですね・・・その・・つ、敦賀さんにお願いできればと思ったのですが、お忙しい先輩にこんなことを頼んでしまってもよいのかどうか・・あのわからなかったのでそのまずは、社さんにご連絡させていただきました。・・もし、無理でしたらきっぱりと!!お断りしていただいて問題ありませんので!!!」
力強いキョーコの声に社がくすくすと笑うのが聞こえる。


『・・蓮がキョーコちゃんの頼みを断るとは思えないよ・・で、何を頼みたいのかな?それとも俺は蓮の予定だけを教えればよいかな?』
笑いを含んだやさしい声を聴いて、キョーコはやっと体中の緊張を解いた。


「はい、あのできれば直接お話しできればと思います・・あ、すみませんありがとうございます。」


蓮に電話をかわるよ。と言われキョーコは少し緊張しながら電話越しの2人のやり取りを聞き入る。しばらくすると聞きなれた蓮の声が自分の名前を呼んだ。




トントン


軽いノック音を響かせると、驚くほどの速さで扉が開いた。


「・・忘れもの?」
可愛らしい声にほころぶ口元も、自分に言われた言葉ではないことに気が付いて眉間に皺を寄せる。


「・・やぁ、突然訪問してごめんね・・・」


大きな瞳を一段と大きく見開きキョーコは幽霊でも見たような驚いた表情を見せた。


「つ、敦賀・・さん?・・・・あ、あの・・えっと・・・・」


「ごめん、連絡が取れなくて心配になったんだ・・あの、これ・・それから調子はどう?」
蓮は手に持っていた可愛らしいブーケのような花束をそっとキョーコに手渡す。まだ少し顔色の悪いキョーコを心配して、すぐにでも立ち去って休ませてあげたいのに、そうできない自分にイライラしていた。


「あの・・敦賀さん・・お忙しいのにわざわざすみません。・・あ、あの・・一応先週いっぱいで会社のほうは退職させていただいたんです・・・・なので・・その・・・わざわざお見舞いに来ていただきましたが・・・・その・・」
言葉に詰まりながら、寂しそうに微笑んでいるキョーコを力強く抱きしめたいとおもった。言われた内容よりも、不安そうに揺れる瞳が気になってじっと見つめ返すのがやっとだった。


キョーコが壁に手をつきフラフラとした体を休ませるのをみて、蓮は慌ててキョーコを支えると、キョーコに触れた瞬間恐ろしいほどの欲望が体中をめぐった。


「・・・・つ、敦賀さん?」
気が付けば体が宙に浮かび、蓮に抱き上げられていた。


「フラフラだね?部屋に運んであげるよ・・」
氷の美貌と称された蓮の表情もキョーコのまでは艶やかな笑みとなっていた。


「お、おろして・・おろしてください。あぁああの一人で歩けますから」
キョーコが拒否するように蓮の胸を両手で強く押し返す。そんな彼女の行動がズキズキと心に刃物が突き刺さるようだった。


「・・・それは、さっき来ていた彼氏に・・悪いから?」


「なっ、何・・ち、違いますよ・・」
キョーコはびっくりして顔を上げると、蓮の寂しそうな瞳にぶつかって驚いて見つめ返した。


「つ、敦賀さん・・・?」
じっと見つめていた瞳がゆっくりと近づいてくる、キョーコは不安になりながら蓮の名前を呼んだ。


「・・・・さっきのは誰?彼氏じゃないよね?」


蓮は、切ない声でキョーコに問いただす。
キョーコの返事に蓮の心の中で何かが壊れるような音を聞いた。



「ふむ、なかなか将来が楽しみだな・・」
拓斗はキョーコの演技する姿を見ながらそんなことをつぶやいた。
役により演技が違うだけでなく年齢も雰囲気も容姿さえも別人だった。
そこに全くと言ってよいほど「最上キョーコ」は存在しない。いや、女優「京子」すら気配を感じなかった。


確かに敦賀蓮は素晴らしい役者だ・・
だが、だれが見ても彼は「敦賀蓮」なんだよな・・・・


将来を有望視できる2人を思い浮かべながら、先ほどの控室での一件を思いかえしていた。


コーヒーを飲みながら拓斗は面白いものでも見るように、じっと蓮を観察していた。
普段とは違う雰囲気
おそらく彼なりの独占欲と嫉妬心なのだろう


日本一抱かれたい男の称号を持っている男がまさか自分の担当するタレントにぞっこんだとは・・・・


しかもそのマネージャーの社さんも明らかに応援する体制だった
もしかして、事務所内では暗黙の了解なのかと思いそれとなく聞き込みをしてみたが、誰一人それらしい返答をしてくれなかった。


・・・・どういう関係だ?
キョーコもまんざらでもなさそうだし・・・・


あの変な部署名・・らぶみーぶ? に所属するぐらいだから、愛において何か問題があるようだし、社長は簡単に説明をしてくれたが、今のところを問題があるようにはみえなかった・・・・それに京子にとって敦賀蓮は最高のパートナーになるような気さえした。


・・しかし、京子のやつ・・今はよくても、この先これじゃスランプになるな・・


キョーコの欠点をメモに取り、今後のプランを考える。
これほど先の楽しみなタレントを任されたことに拓斗は嬉しさを隠せなかった。社長も「楽しみにしている1人だ・・」と言っていたのを思い出す
おそらくその中に「敦賀蓮」もいるんだろうな・・



「・・・・さん・・斗さーん?拓斗さん?大丈夫ですか?」


美人な、ねーちゃんだな・・

サラサラの髪を耳にかけながら色っぽい視線を向けられた。


一瞬仕事中であることを忘れて顔をのぞかれて、そんな感想を心の中でつぶやいた後、驚いて姿勢を正した。


「・・お、すまんな京子・・・なんだ休憩か?」
自分が担当しているタレントを客観的に見ることができ、拓斗は笑いをこらえた。考え事に耽って仕事を忘れてしまうとは自分でも初めての体験で驚いていた。


「はい・・ところで拓斗さん・・大丈夫ですか?ずいぶん考え事をしていたようですが・・?」


「・・あぁ、大丈夫だ・・。ところで・・」
拓斗は先ほど演技している様子を見て気が付いたキョーコの欠点を書いたメモを渡した。


「・・・・おまえの欠点だ・・」


事細かに書かれたメモにキョーコは真剣な視線を向けた。


「拓斗さん・・・あの、本当にありがとうございます。こういうの助かります!!!」
いつも以上に元気なキョーコの発言に、あ~、やっぱり中身は京子なんだと嬉しく思う反面がっかりもした。


3割増しに大人美人・・
このまま街に連れて歩けばだれもが振り返るほどの美女だが、中身はまだまだ子供の京子だからな・・。


「あの、先ほどからニヤニヤしているようですが、私の顔・・・・変ですか?」


「ぶははは、いやいや、それは失礼した・・・・違う、違う。その外見と、今の挨拶が雰囲気に合ってなくて笑ったんだよ」
面白いこと言うなよ!と言いながら、拓斗は目から涙を流して笑っていた。


「そ、そんなに笑わないでください・・恥ずかしいじゃないですか・・」
頬を染めて照れたキョーコは、美人な外見をがらりと変えて、可愛らしい笑顔を向けた。


・・・・なるほど・・敦賀蓮は京子のこの素直な心や笑顔に惚れたんだろうな・・クス


「・・・・拓斗さん・・・まだ笑っていますよ?」
キョーコは拓斗をじとーっ、と見つめてからぷくりと頬を膨らます、
そんな姿にお手上げだと言わんばかりに拓斗が椅子から立ち上がった。


「京子・・そういえば、敦賀くんと仲良かったよな?」


「いえ、そんなことはありません!!敦賀さんが私と仲良しだなんて言わないでください!!私は崇拝しているんです!!いわば、神の領域の人なんです!」


「あはは、頼むからその姿でそんな発言しないでくれ、笑いすぎてしまうよ・・それに「仲良しじゃない」なんて、間違っても本人に言うなよ?俺が見た限りでは敦賀くんはおまえと仲良しだと思っている、お前も仲良くしている人に「仲良しじゃない」なんて言われたら嫌だろう?」


「へっ?・・そんなことありませんよ!まさか、敦賀さんが・・たかが後輩のセリフをいちいち気にしたりしません!!そんな器の小さい方ではありませんから・・大丈夫です」
フォローしているんだか、いないんだかわからない発言に大爆笑しそうになりながら、拓斗はキョーコの頭を撫でた。


「さて、行っておいで・・時間のようだぞ?」


スタッフがちょうどキョーコを迎えに来るところだった。元気よく「はい」と返事をして大事そうにメモを握りしめて走り去る。



そんな拓斗とキョーコの様子を少し寂しそうに見つめる視線があることに2人は気が付いていなかった。






もう少し続きますがお付き合いください・・

つづく・・