「蓮、入るぞ?・・・おい、大丈夫か?なんだか具合が悪そうだな・・」
社長室の椅子に座りながら書類を眺めていると、社が声をかけてきた。


「ゴホッ・・ちょっと疲れていて、そのままソファーで眠ってしまったんだよ・・そしたら案の定風邪をひいたみたいだ・・。今日は切の良いところで・・・・上がるよ・・」
蓮は社に訊きたいことがあったが、それよりもクラクラと歪む視界のせいでそれどころではなかった。


「キョーコちゃんに、ご飯作ってもらうか?何も食べなかったら・・薬も飲めないだろう?」
その言葉に頷きたい思いと、質問したい思いで蓮は葛藤した。


「社さん・・そんなこと言って・・大丈夫ですか?ゴホッ」
怪訝な表情をつくったつもりだったが、上手く表情がコントロールできず、チラリと社に視線を向けるだけだった。


「どういう意味だよ?」
蓮の求めている答えが分からず、社はドキリとしながら言った。


「最上さんは・・あなたの彼女・・ですよね?・・正確には・・ナツさんと言うべきか・・な?ゴホッ、ゴホッ」
集中できず、直球過ぎるほどの内容を社に言うと、意外なことに社がほっとした表情をつくって笑ったようにさえ見えた。
その社の表情に、わずかに緊張していた蓮の心は、少しだけ回復した気がした。


「・・・・・・なんだ、気づかれたか・・」
社のつぶやきに蓮の方が驚いた。
まるで、いずれわかるだろうと思っていたと言わんばかりの発言に聞こえたからだった。


「どういう意味ですか?」


「いや、気が付かれないうちに『分かれたよ』って言うつもりだったんだ・・ゴメン騙すようなやり方で・・」


蓮は言われたことが理解できずにボーっとする頭を必死に回転させた。クラクラ歪む視界と痛みはじめた頭に、何を考えれば良いのかわからず、焦点の定まらない瞳で社をじっと見つめた。
何かを説明しているのに、その声が蓮の耳にまで届かない。


ただ、心の奥がほっこりと温かくなったのは、なぜだろうと思いながら、蓮は椅子にもたれるように寄りかかると意識を手放した。


その意識を手放すほんの少し前に呟いた言葉に、社は瞳を見開いてそして嬉しそうに微笑んでいた。