ミシカが戻る少し前、タイミング良くキョーコが席を外すのを見て、視線でその動きを追った。
蓮は会計をするために席を立つと、タイミングをあわせて彼女のうしろに一人分の距離を残して止まり声をかけた。
「ナツさん・・、それとも最上さんと言うべきかな?」
振り返った彼女の瞳は驚くことなく、蓮を見つめた後、その雰囲気に似合う大人びた笑みを浮かべた。
「こんばんは、蓮さん、それとも敦賀様とお呼びした方が良いのかしら?」
会社で見かける彼女からは想像もできないほどの妖艶な雰囲気。同一人物だとわかっていてもそれでも疑いたくなるほど、彼女の態度はまったく違うものだった。
この子は、本当に俺の知っている最上さんなのだろうか・・?
長い髪を耳にかける仕草も、瞳の動きさえも誘われているような気がする。
動揺するそぶりを見せることなく蓮はその返事に応えた。
「クス、蓮で構わないよ、今の君に敦賀様なんて呼ばれると初対面みたいだ。」
「そうですね、確かに・・」
そう言ってキョーコはクスクスと小悪魔のように、いたずらな笑みを浮かべて蓮を見つめた。
「随分・・雰囲気がかわるんだね?・・どっちが本物?」
いつもなら、女性に賛辞を送るのを忘れない蓮が、嫌みともとれる口調でキョーコに訊ねた。
「どっちも・・私です。中身は同じですよ?・・蓮さんもお気づきじゃないですか?・・・・どちらの私も苦手のようですし?」
嫌みと言うよりは断言したような返事をするキョーコに、蓮は瞳を大きくして驚いた顔をした。
「今さら隠す必要もないですよ?・・誰にでも優しい敦賀さんが、私には”特別”に嫌みをおっしゃるんですから、どんなに鈍くても分かりますわ?」
綺麗な顔に良く似合う冷たい表情。少し気取った口調で口許だけに笑みを浮かべた。
確かに彼女に対しては素直になれないと思っていた。
ただ、その指摘を本人から言われて、なぜこれほど動揺しているのか・・
なぜ心にチクリと痛みが走ったのか・・
そんな自分の心の変化に蓮は、自分の気持ちさえ、もて余していた。