この近辺で一番大きな本屋に到着すると、蓮は洋書のコーナーを目指した。
新書の香りが立ち込める入口を過ぎ、専門誌のコーナーを抜けようとして一人の女性に目が止まった。
肩までの髪をゆるく結わき、こぼれ落ちる髪の隙間から見える聡明な瞳は、記憶の中よりもあどけなさを残していた。
その横顔に見とれる。
「・・ナツさん・・?」
ナツは驚いた表情を浮かべると、クスリと妖艶に微笑んだ。
「・・こんにちは、蓮さん?」
じっと見つめられた瞳に重なる瞳があり蓮は少しだけ目を細めた。
なぜ、急に彼女を思い出してしまったのか・・
いや、急に思い出した訳ではなく俺は、ずっと最上さんのことを考えていなかっただろうか?
自問自答している間にナツが読んでいた専門誌を閉じて、その場を去ろうとしていることに気がつき慌てて話を続けた。
「これから、仕事?」
蓮が何気なく聞くとナツは少し考えた後、小さく頷いた。
「・・ぇえ・・」
何かを言いかけたところでナツを呼ぶ声が聞こえ、二人はその声のする方へ振り返った。
「・・おい、ナツ・・時間だ」
金色に近い茶髪の男が、ナツの腕を強引に引っ張り立ち去ろうとする。まるで嫉妬した彼氏が彼女を連れ去るような態度に蓮は驚いて声をかけた。
「理由はどうあれ、女性に対して失礼じゃないか?・・嫌がっているようだけど?」
「ん?・・誰だお前?・・・・いいんだよ、昔からこいつは俺のものだからな・・ほら、さっさといくぞ!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、尚ちゃん!・・・・あ、あの・・そ、それでは失礼します。」
ナツはペコリと頭を下げると、さっきまで見せていた妖艶さは消え去り、少し引きつったように笑みを浮かべると、手を引かれながら入口に向かっていった。
「ったく、おめぇは昔からグズだな・・遅刻したらどうすんだよ!今日は終わったら俺の家にこいよ!全く・・何でお前と仕事なんだよ・・、はぁ・・行くぞ!キョーコ!ドアを出たらスタートだからな!」
微かに聞こえた名前に蓮は、ドキッと心臓を震わせた。
幻聴と言われたら納得してしまいそうなほどの小さな声に、聞き間違えだと自分に言い聞かせる。
二人が扉から出ていくと、さっきまでのやり取りが嘘のようにまるで恋人のように寄りそう姿に蓮は知らずに手を強く握りしめ男を睨みつけるように視線を向けていた。