side キョーコ



だるまやの女将さんに頼まれ、今日は18時からお店を手伝ってほしいと言われて、いつもより2時間も遅れて担当の部屋を訪れることになった。


契約時間ギリギリ
まだ、部屋に誰もいないことを祈りながらそっとドアを開いた。

契約者の名前は何度かテレビなどで目にしたことはあったが、実際にはどんな人なのか会ったことがなかった。
ただ、衣裳部屋に置かれている洋服を見ると背の高い人だということだけはわかっていた。
それともう一つ・・家で食事をすることがない人
部屋は寝に帰るだけなのか、まったく生活感がない。


モデルルームのような美しさで夜景もすごく綺麗だった、ドラマの撮影にでも出てきそうなほど魅惑的な部屋。
でも・・・・私だったら・・この部屋に帰りたいと思わない・・
なぜか冷たい感じがするからだ・・

この部屋で唯一安らげる場所は、寝室だけだろう・・
ここだけは生活感がある・・柔らかいアイボリーとグレーのコントラストが優しい眠りを届けてくれそうだった。
仄かに漂う香水の香りがさらに気分を落ち着かせ、この家で唯一キョーコが気にいった場所だった。


人の気配を感じなかったため、いつもの通りキョーコは水回りから掃除をはじめようとバスルームに入ると、シャワーを浴びたばかりの大柄な人が立っていてキョーコはあわててバスルームの扉をしめた。


「キャ、・・ご、ごめんなさい・・音がしなかったので・・・・た、大変失礼しました。」
そう言ってキョーコは、慌てて扉を閉じると、鍛え上げられた身体を思い出し真っ赤になっていた。


「君は・・いつもこの部屋を掃除してくれる人?」
ドアを開けて男性が現れた。
衣裳部屋の洋服のサイズを考えるとぴったり一致する。
この方が契約者の敦賀様なんだわ。と頭の片隅が冷静に判断していた。


「あ、はい・・その・・すみませんでした。」
失礼にならないように、キョーコはさらに隣の部屋へ移動しようと後ずさりして、バスルームの扉の方へ足を向けた。


「構わないよ・・いつもありがとう・・ところで君・・名前は?」
野生の動物のような鋭い視線が、キョーコを射る。まるで尋問されているような空気にキョーコは次第に恐怖を感じていた。


「あ、はい・・最上・・最上キョーコと申します。」
視線を上げて蓮を見あげると上半身裸の姿を目にして、キョーコは慌てて視線を下げた。


「ねぇ、君・・いつもはこの時間に来ないよね?・・何か期待しているの?」
蓮は妖艶な笑みを浮かべキョーコに近づいてきた。
何か彼を怒らせてしまったようで、罰を与えられるような雰囲気に完全に飲み込まれていた。
身動きを取ることができず、ただ怯えていると蓮が首筋に唇を近づけキョーコの顔のすぐ横に左手をついた。
さらに身を固くして縮こまると蓮が冷たい口調で先を続けた。


「それじゃ・・俺の気は引けないよ・・?」


「・・え?」
言われた意味が分からず蓮をじっと見つめる冷たい双眸が刃物のようにキョーコに突き刺さった。

・・こ、怖い・・

キョーコは恐怖のあまりギュッと瞳を閉じると、一段と近づいてくる気配を感じ完全に動けない状態となった。


「クス、・・ずいぶん演技が上手だね・・もう少しで騙されるところだったよ・・だから今日はこれで勘弁してほしい・・・・」

耳元で囁やかれた意味がわからず、強く閉じた瞳を一段と強く閉じて身を小さくすると、唇に暖かい温もりが広がった。

恐くて涙が次から次へとあふれ出すのに、抵抗するすべも何もかもキョーコにはなかった。

ただ、恐怖で身体を震わせているしかなかった。