どーも、(自称)甘党のyasuです。おはようございます。
前回の更新から数日と空いていませんが昨日のご報告を。


昨日は長岡でもデカ盛のパフェで有名なカフェに行ってきました。もちろんそこではパフェ食いました。
それがコレ↓


手頃な比較物がなかったために大きさのイメージがしにくいでしょうが、高さはだいたい人の頭1.5個分。7リットル以上ものバニラアイスを使用。その周りには生クリームをたっぷり。

最初は「いけそうじゃね?w」とか思ってましたがそれがまぁ辛いこと辛いこと。アイスを食べ続けてると寒いし、かといって生クリームを食べると甘ったるいし生クリームの脂肪分がガッツリきます。

結果として食いきれませんでした。


とっても大変な事になってます。
本当はこの後、戦線離脱してた友達が復帰して頑張って少し食べてくれましたが、その画像は上のやつ以上にグロいので貼りません。



甘いものが大好きな人や、いくら食べても苦にならない人はぜひ一度挑戦してみてください。
「オバケパフェ」で検索すれば、ここよりも詳しく書かれたブログ見つかると思います。

それではノシ

P.S お昼に食べたのですが、その日の晩飯はもちろん、朝飯まで満足に食べられませんでした。そのくせ、友達は晩飯にたこ焼きをバクついてました。おかしいな?

Android携帯からの投稿
友達が「自分の書いたブログ読み直してたら意外とおもしろかった」とおっしゃってたので、俺も自分のブログ読み直してみました。


...結果、そこまで面白くなかったです(´・ω・`)
なんかわざとらしい表現とか痛い表現が満載で、「あー、俺の文書だなー 」としみじみ思いました。現代文の成績はそこまで酷くなかったのですが、文章を書く力はイマイチなようです。




よくよく見るとこのブログ、最終更新は9月27日でした。つまり2ヶ月間もほったらかしにしてたわけです。
つまりはそこそこ忙しかったわけなんです。
配属課程が決まったため中間テストにも専門科目の内容が含まれるようになりてんやわんや。
あと、私事の方では友達の家に2泊3日のお泊りをしながらたこ焼きパーティーをするなどなど...。
やっと大学生らしい生活になってきました。

大学生らしいといえばもう一つ。俺の周りの友達、ほとんどが車を持ち始めました。最近ではほぼ毎日、学校から駅に送ってもらってます(´∀`*)
いやー、車っていいですね。俺自身、免許は持ってないし、両親は「仮にお前が免許をとったとしても当分車は買わないから!」といわれてるので、運転する機会はありません。
でも、いちいちバスや電車の時間を考えながら行動する必要がないというのは憧れます。
どうしても電車の時間などを気にしてると、思いっきり遊ぶことができませんからね。
俺も早く免許と車、欲しいです



後半グダグダになりましたが、毎回のことながら上手いオチが思いつかないのでここでぷっつり切り上げます。
ではまたノシ
Android携帯からの投稿

ども。午後がまるまる暇だったので、どうでもいいことを思考し続けたらモヤモヤしちゃったのでここで出力したいと思います。

今までの記事とは違って、人が読むことはあまり考えておらず、自分の考えを文章化するだけなのでおそらく今まで以上に読みにくい文章になると思います。

それでもよければどうぞ↓







よくドラマなどで『子供はみんな、ダイヤの原石』なんてセリフをよく聞きます。俺がこのセリフを聞いたときは『すべての子供は輝く可能性を秘めている』という意味でとらえてました。

もちろん、そのまんまの意味ですが、よくよく考えると深い意味なんじゃないかと思います。



まず、子供以外の人も何かにたとえてみましょう。子供がダイヤの原石ならその親はどうでしょう?ここは単純に原石の持ち主、つまりは原石の採掘者としましょう。ご存じのように、ダイヤの原石にダイヤほどの価値はありません。職人の手によって磨かれたり、カットされたり、研磨されたりしてダイヤとしての価値がでてくるわけです。ちなみにここでの職人とは、その子供を教育する人、つまりは学校の先生とかですね。


採掘者はダイヤを加工する技術を持ってないわけですから、自分の大切な原石を泣く泣く職人に預けるわけです。職人は職人でプロ意識があるわけですから、世界一すばらしいダイヤを作り上げたい、という思いがあります。

職人としてはより素晴らしいダイヤを作るために、原石を力強く磨き、大胆なカットをし、入念に研磨したいと思っています。しかし、それでは採掘者が黙ってはいません。

「力強く磨けば原石に傷がつくかもしれない」「大胆にカットしたらダイヤが小さくなってしまう」「入念に研磨なんかしたらひび割れる」と、職人に文句をつけます。

職人側としては無視したいところですが、なにせ客商売ですからお客の要望は聞かなければいけません。

そこで職人は、そっと原石を磨き、少しだけのカットを施し、研磨もほんのわずか...。そんな加工では素晴らしいダイヤなど生まれるわけもない。できるダイヤはそこいらの有象無象に同じ。

そこでまた採掘者は言うわけです「この職人は無能だ」と。




あたりまえですが、専門職の人間に門外漢が口出しして事態が好転することはほっとんどありません。数少ない事例もありますが、それは職人がよっぽどの体たらく・無能の場合か、採掘者が異常に有能なときのみです。


子供を立派にしたいと思う反面で子供がとても心配、という親心を理解できないわけではありません。それでも子供を先生に一任した以上、口出しするのはおかしいと思います。

口出しをするくらいなら、子供を任せる前にその先生を自分の目で見極めるべきです。その努力もしないで、何でもかんでも学校や教師のせいにするのはお門違いです。




...論点がずれました。つまり俺が言いたいのは『子供はみんな、ダイヤの原石』この言葉の意味は、「原石なんだから丁寧に扱えよ」ということではなく「輝く資質を持っているのだから上手に輝かせろよ」という意味なんじゃないかと思います。一部の親(いわゆるモンペ)は前者の意味で認識しているのではないでしょうか?どんなに美しく輝く資質があっても、上手に磨かなければただの石ころですよ?