どこかの子のために税金を払ってもいい
再投稿🌸2023/3/25・1回目投稿子育て関連に、より税金を使うようにし子育て応援に力を入れているという話になると「子どもがいない私たちは得をすることがない。そういう人のことも考えてほしい」というような意見を言う人もいる私。。どこかの知らない子どものために、税金を払うことに何の躊躇(ちゅうちょ)もありませんなぜなら、「わかりやすく、目に見える自分への得」などそういうものだけで「私は得るものがない」と言うの?と思うから。。。その税金があることで子どもの心身の何かは必ず育っていく例えば、児童館の絵本を買うお金ができたとするある時その絵本を読み聞かされ、心や知能も育つと思い中には、その子どもの、のちの人生にも繋がっていくような心や知能の動きや、成長もあると思う毎日まいにちの経験が、その子が大人になっていく過程を作っているから絵本に限らず、、税金を使い、取り入れた何かが子どもの成長にかかわっていくと考えるそういうさまざまな働きかけがありある子どもは、将来とても優しい人となり将来私を世話してくれる看護師になるかも知れない病気の治療を開発する医師かも知れない介護をしてくれる施設の職員かも店で、感動する接客をしてくれる店員身内の結婚相手、親戚になる人かも将来、SNSで、私の人生にとてもためになる情報を書いてくれる人かも(これ本当に有益)健康を助ける食べ物を生産してくれる人かもそう思うからですだってもしも、将来出会うこういった人たちは心豊かな人であってほしい最悪な人だったら嫌だから今は子どもである誰かこの先、大人になったその子どもといつどこで出会うかはわからないけれどあの時の税金が、ではないけれど先に書いたようなかたちで・・税金が、巡り巡って自分のところに違うかたちで来るような気もするからだから、豊かな子ども時代を過ごしてほしい「得がない」のように言う人は、これまでそういった人に巡り会ったことはないのでしょうか私はあります。何人もその人の親などの教育だけでなく、外部から与えられたいろいろもあり、その人が育ち大人になりある時、私と出会ったと考える「この医療者と出会ってよかった」「あの人が書いた本を読んだことが、私の仕事に影響」みたいなことです「この人に出会わなければ…」とさえ思う大きな経験あの人のおかげで、これ知らなかったら大変だった!と心から思う経験一生に、どこかの子のために払う税金の金額よりもっと大きなものを得たとさえ…思うこともありますだから、「得することがない」ではなくもうすでに得たりもしていると思う誰かが、何かが、育てた「その人」から得たものもう「誰かから何かを得ている」という「感謝」とかこの先、得るかも知れないなどと思うことで、、そんなご縁もやって来る気がする話かなりズレますが、たとえば金運を願う時も①「お金が入りますように」ではなく②「私の金運がよくなりますように」のように最初から「その運はすでに持っている」のような願い方が良いと言います①は、「自分にはそれが無い」前提の思考なので願い方としては…だそうで(②は、もうある金運がよくなることを願っている)これとどこか似ているようにも思います私がたまに書きますが、、「自分の子を放っておいて」という意味ではなく、、「他人の子のことも考えるくらいの人はより幸せになると思う」というのはこういったことも含みますネガティブな意味での「とにかく自分の子の利益だけ」や「自分の利益」ばかりでは、何かがいつか自然に、こちらにめぐってくるという「循環するもの」がないと思う(もちろん、その循環を求めているわけではない)だから、先に書いたような意見を言う人には自分の子がいたとしたら、「自分の子への利益」みたいなことだけ考えるの?と言いたい