蔵前にある額装屋のnabisさん。
東京のウエストサイドに住んでいる身としてはちょっと足を運ぶのに時間がかかるのだけど、それを補って余りあるほど素敵な額装屋さんです。
もはや額装のことに関しては、僕はここのオーナーのYさんに完全依存型です。
しかも、イケメンなんだよなぁ、Yさん・・・。
昨日は海外から仕入れた2作品を持ち込んでYさんと二人で額装の下打ち合わせ、今日はそのお客様にnabisに来て頂いて作品とマット、フレームを実際に合わせながらの打ち合わせ、という連日の蔵前詣でございました。
事前にお客様にはイメージを数パターンお渡しして選んでもらっていたので、特に問題なくスムースに額装作業に入れそうで良かった良かった。
打ち合わせが終わったあと、いつもは蔵前から電車に乗るんだけど、どうも帰りの乗り継ぎが不便なので今日は田原町まで歩いて銀座線で帰ることにしました。
長く生きているとですね、都内のそれぞれの駅には一つくらいは思い出があるものです。
蔵前と言えば、甘酸っぱい思い出を少々酸化させた苦味のある思い出があります。
今から20年前くらいかなぁ、20代前半の頃ですよ、当時好きな女性が田原町に住んでいて終電で会いに行きました。
何が原因か今となってはアレだけど、喧嘩して『今日はもう帰るから』って啖呵を切って彼女の家を出たのはいいけど、急にお腹が痛くなったんだよね。
で、家の前から電話して『ちょっとお腹痛いから、帰る前にトイレだけ貸して・・・』って。
めちゃくそカッコ悪い去り際だったのを覚えています。
しかも当時は今ほど散歩おじさんでもなかったんで、田原町から駒沢まで歩いて帰るという発想がなかったんです。
今だったらグーグルマップで調べてさ、あ、20キロないくらいか、歩いて3-4時間で帰れるな。ってなるけど、当時はスマホとかない時代なんでね。
で、トイレを済ませたあとに、確か、多分だけど、やっぱ今日は泊まらせてくれ的なオファーをしたんだけど、『今日は帰って!』って先方にお断りされたと思うんだよなぁ。
カッコ悪い去り際の極みです。
なんで深夜料金のタクシーでさ、首都高使って帰ったんだけど、料金が8000円くらいかかってめちゃくちゃ辛かった、その辛さはほんと覚えている。
当時はまぢで貧乏だったんで、主食は水道から出てくる東京水だった頃ですよ。
その時に8,000円ってのは、あれはツラかったな・・・
そんな素敵な思い出の田原町をちんたらちんたら歩いていたら、路地裏に器だったり、絵だったりがある面白そうな洋服のお店があったので突撃。
店員さんと女性のお客さんが店内でお話しされていたので、自然なくらい不自然にその会話に合流。
たまにいるよね、友達と話してたらいきなり会話に入ってくる『あんた、誰?』って人。
それです。
そしたらさ、その女性は蔵前在住でキャンバス作品を買って額装をしたいのだけど、どこに行っていいか分からない。。。っておっしゃってたので、nabisさんを教えておきました。
『えざきに紹介されました。』で行ってもらえれば大丈夫です!って、僕の名刺をお渡しして。
多分その女性は『ってか、おまえ、まぢで誰?』と思われたことでしょう。
小さな親切、とっても大きなお世話。という格言を地で行くスタイルです。
田原町に、20年ぶりに思い出が追加された日。