明日からまた週が始まるわけだけれども、来週やることって何かなぁ~なんてぼんやり考えてたら、はっきりいってこれといって特にやることがない、ということが判明してしまった。
ただ、一つ、意図的に記憶の片隅の隅の隅の『触るな危険』ボックスに入れていた案件を思い出した。
先週、いや先々週かな、人伝てに『始末書をだしてください!とのことです。』と言われたいたの思い出した。
僕は、この『始末書』って存在に関しては、一言も二言も三言も物申したい気持ちでいっぱいだ。
まずねぇ、この始末書って形式っていうか書類の名前を誰が考え出したのかわからないけれど、非常にネーミング・センスのなさが分かる。
まず最初に、この始末書を最初に発明した人物は、絶対、120%の確率で性格が悪いと思われる。
なんで敢えての『始末』の『書』なんだよ・・・。
『報告書』とかでよくない?
なんか働いていると会社にもよるだろうけど、いろんな書類がある中でこの始末書って書類の名前のイケてなさはダントツで最下位グループだろう。
手紙やハガキでもさ、年始にだすのは『年賀状』とかさ、好きな人にだす手紙は『恋文』とか『ラブレター』とかさ、もはや素敵なネーミングやん?
そんな、そんな中でですよ。
なぜ、なぜに『始末書』ってネーミングにしてしまったのだよ、どこの誰かわからないけどこれを最初に編み出した人よ。
貴方のせいでですね、それ以降の世の中の何万、いやもはや延べでいうと何億人という日本のサラリーマンがですね、苦しんでいるわけであります。
以前はこの始末書を社員に何回も出させて、それを理由の一つに社員を解雇するときに使っていたみたいだけど、これは裁判でも違憲の判例が近年重なってきてるらしく、もうその手は使えないみたいだ。
そもそもこの始末書を強制的に提出させること自体、違憲行為らしい。
えぇ。。。もう、もはや書いてて怒りを覚えてきたので、さっきネットで始末書に関して相当調べましたよ・・・。
だいたいね、一般的にこういうことを言うと、労務や総務関係の人及び始末書をだせ!という立場の人からすると『面倒くせーやつだなぁ・・・』となるんだけど、これね、『始末書』って書類の名前を報告書でも顛末書でもなんでもいいから、書類の名前を変えるだけでかなり提出を求められてる側のストレスは減ると思うんだけどね。
もっというと、この『始末書』って様式を採用している会社の社長は、売上が予算に達成しなかったとき、利益どころか赤字がでちゃったとき、もちろん『始末書』を書いて全社員の前で発表してるんでしょうね?と思ってしまう。
そりゃそうでしょ?
しかも、始末どころか大始末ですよ。
これは個人的な意見だけど、本来、始末書ってのは日本語で言う顛末書的な内容でいいと思っているんだけど、多くの始末書を採用している日本の会社が求めている、少なくとも『始末書をだせ!』という人が求めている内容はコトの顛末でも再犯防止でもなく、限りなく『謝罪書』に近い内容を求めているような気がしてならないね。
もうね、ほんとアホらしい。
ちなみに僕は、これまで数々のやってモーター株式会社を設立してきてるだけあって、これまでうちの会社ではダントツで始末書を提出してきている方だと思う。
寝坊して危うく飛行機に間に合いそうになかったとき、出張当日パスポートが見つからず出張に行けなかったとき、寝坊してもはや飛行機に乗れなかったとき、会社から支給されている携帯を破壊・水没・紛失してしまったとき(正直これに関しては、恐ろしい回数やってしまっている)etc、その度に一応その瞬間は真摯に『悪かった』と反省していたにもかかわらず、同じ系統のミスを何回も犯してしまっている。
もはやミスター始末書だ。
要するに僕はアホなんだろう。
えーっと・・・なんのこと書こうとしてたんだっけな・・・。
兎に角、もうね、この始末書って文化を、少なくともこの始末書って名前をこの日本から無くすべきだと思う。
もはや始末書は日本経済の癌とさえ言い切ってしまおう。
始末書がなくなれば、日本のGDPも5%くらいあがるだろう(適当)
