今日は雨のせいかダウナーな1日だったから、
ちょいとつぶやくょ。
(雨以外にもちょっとあって、絶望に満ちた一日だった)
他のSNSのプロフィールには書いてたりするんですが、
私、INFJ_Aでして。
色んなINFJさんの投稿見て、首を縦に振るばかり。
十人十色と言います、
人をラベリングするのもどうかと思うこともあるけれど、
これだけは救われた名札。
とっかかりは「ドアスラム」なんだけど、(一度見限った人を二度と信用することはない)
INFJさんの投稿とか読んだりしてると、
あれも、これも、もしかしたらそこから来てる気質なのかな、
と思いあたることも多々。
人間性って、育った環境とか関係してると思うから、
後天性っていうのは当たり前といえばあたり前なのかな。
父は、自分の言うことは絶対、の人だった。
自分の言うことに対して「Yes」以外の返事を許さなかった。
どうしてダメなのか、じゃなく、自分がダメだと言ったらダメ。
高校のとき、どうしても母方の実家に行きたくなくて、
(親戚が集まるといつもそこにいない人の愚痴大会なのが本当に嫌だった)
学校が終わったあと友達と遊んで、すぐに帰らなかった。
そしたら電話がかかってきて「そっちがそうするならこっちにも考えがある」と、脅された。
自分でお金を稼げるようになるまでは、親の庇護がないと生きていけないからね。
こういう子供の頃からの、親の機嫌を損ねないように、親の顔色を窺って生きてきた結果、
「人の顔色を窺う」という気質ができたんだと思う。
この人は今こう感じている、それに対して私はこう動くべき、
その最適解を常に頭の中で計算してる、
だから、人といることがこんなにも消耗するんだ、と、
仕事を辞めて、人とほとんど接することなく過ごしている間に、
そんなことを自覚した。
(そんな父も歳をとって丸くなりましたw)
ちなみに母はもっと厄介(笑)
“母親役”が大好き。だから一生懸命お世話をする。
でも、どこかおままごとのように、自分が世話をしたいときはする、
でも、私が本当に困って助けを求めたときに、助けてくれなかった。
昔から、私はこんなにやってあげてるのに、どうしてわかってくれないの?
という悲劇のヒロイン。
まぁ言ってることが的外れだったり、訴えが自己中心的だったりするから、
まともに相手しなくて良い部分は楽といえば楽。
人によろこんでもらえるのが好きで、
でも人といるとものすごく消耗する気質で、
いったい私はどうなったらシアワセなんだろう、と考える。
それはきっと、刹那的なものなんだろうね。
「ありがとう」と言ってもらえた瞬間。
その人のためになれたと実感した瞬間。
でもきっと、私という存在が心の底から満たされることは、ない、
最近、そんなことを、思ふ。
というつぶやきでした。
