その年の冬、母がまた入院手術することになりました。

病名は肝嚢胞。

肝臓に空洞ができ、そこに体液が溜まるという病気です。

夏の時はその空洞が肝臓の端に出来ていたので、水がパンパンに溜まり肝臓が破裂する寸前でした。

緊急入院で穴をあけ水を抜く処置をしたのです。

エタノールを注入してアルコールで焼き付ける方法もあったのですが、年も年だったのでそれは出来ませんでした。

結局、同じ場所にまた水が溜まってきているので、思い切って切ってしまおうとのことでした。

予定入院なので、父はショートステイを探してそこに預ければ、母の事だけで済みます。

今回は子供の学校もあるので、泊まるわけにはいきません。

 

無事、手術も済み予後が良ければ年内に退院できそう。

 

その2度目の入院で、まだ一人で長い時間留守番させるわけにもいかない小学校低学年の子供がいて、こんな年中面倒見に来てはいられないと、私たちが住むエリアに引っ越さないかと薦めていました。

ただ実弟には私たちは関わり合いたくないこと、これが条件でした。

両親が選択したのは自分たちの生活面でのこと。

実弟と縁を切る覚悟で引っ越しをする・・・と言いました。

 

まずは私が急遽マンション探しをすることになりました。

坂や階段がなく、駅、またはバス停に近く、スーパーが歩いて行ける距離にあること。

丁度これからリフォームをして売り出すという物件が見つかりました。

この上ない条件です。

とんとん拍子に話がきまり、翌年の3月には引っ越すはなしにまでなりました。

 

そしてお正月を迎えます。

2日の日に挨拶に私たち家族が行くと・・・実弟が住み着いていました。

暮れから転がり込んで来たようでした。

数か月分の住宅ローンの返済のお金を貸したりして、でも仕事を探しているそぶりもなく時折出かけては煙草を買ってくる毎日。

出戻りニートです。

「引っ越し先に連れてこないでよ」と言うと

「大丈夫だよ」しか言わない母。

どこからその「大丈夫」という言葉が出るのか・・・

 

しかし実弟がそのまま1か月・2か月住み続けるうちに、またしても母の愚痴が始まりました。

「ご飯の支度が大変、食費がかかる」

「こっちはもう二人で生活していくのに一杯一杯なのに」と。

 

いつもそう、中途半端に手を差し伸べては愚痴が始まり、そのうち私の「どうしよう」と泣きつくことばかり。

最期まで面倒をみるつもりがないなら、手を出さなきゃいいのに。