[中国旅行] ブログ村キーワード


1987.09-12 上海にて 


南翔饅頭店では期待を見事に裏切られ、満腹感もなく、精神的に満たされないまま、外灘(wai tan:通称バンド)方面へ移動途中、ふと道端で老婦人が売ってるあるものに目が留まりました・・・それは、どうやら食べ物らしい・・・どうみても鍋の中に入っているのはゆで卵・・・でも色が変、茶色いんです。


しばし考えて、上海到着以来リンゴと生地荒めのパンしか食べていなかった、わたしは文字通り飢えていました・・・小龍包もいまいちだったし、精神的飢餓感が強い上に、ほんとにお腹がすいてたんですぅ。上海到着以来、目にする食べ物はいろんな理由でとても食べたいと思えないものばかり・・・。


この時わたしが考えたのは、熱々のゆで卵なら素性が明らかで火が通っているし、まず食中毒にならないかなーということ。さっそく買い求め、えーえー、その場で食べましたよー。美味しかったので追加購入決定・・・テイクアウトしました、茶蛋(cha dan)という茶葉や醤油でぐつぐつ煮ているゆで卵です。


そんな路上の食べ物を食べてから、ちょっとわたしの中でぱちんと何かがはじけたような、そう旅行続けられそうかなって・・・実は食べ物もそうなんですが、あまりにもいろんな事が日本と違いすぎ自信喪失状態になってたんです、1週間で中国ー日本を往復する鑑真号がちょうどすぐ出航するので、折り返しそれにのって帰国しようかなって、弱気にね^^;。


でもそんな現地の人の食べ物食べれる自分は強くなったんだーって勇気がわいてきた・・・いや、単にお腹すいてて力が出なかっただけかもしれないけど、それ以来何でも食べてやるぞーみたいな感じで怖いものなくなっちゃったんですねー。


おなかも膨れて、懸案事項食べ物のことも解決し意気揚々と外灘(ワイタン)付近へ到着、ここは租界時代のもっとも華やかだった上海の中心地、外白渡橋の周囲のブロードウェイマンションなどの建物は外壁がグレイにくすんでいて、かつての面影はなかったけど立派でした。1930年代にこんな建築物があるなんてすごいっ!今の中国は「眠れる獅子」なのねー、と感慨深かったです。いつかまた体制が変化して復活する事があるのかな?でも当時華やかな時代が訪れるとは夢にも思わなかったですが。


しかし現実にこの20数年後には大発展を遂げた中国です、短期間の情勢だけを見ていてはわからない国、侮れない大国です、しかしちょっと4000年の歴史を振り返れば、それを如実に物語っていますねー。


黄浦公園はその昔、「中国人と犬は立ち入るべからず」とされており、外国人専用公園でした。その歴史的事実にショーゲキを受けながら散策を続け、たっぷりオールド上海の雰囲気を堪能しました。非常にイイ雰囲気、ニオイ以外は。川の汚染が相当進んでいたんですね。


このあたりから南京路までぶらぶらと歩いた、歩いた・・・やっぱりあの混み混みのバスには、そう簡単に乗れるもんじゃない・・・おまけにバス停がどこなのかよくわからない、自分の意志とは逆に長時間歩く羽目に陥るのが中国の旅でもありましたよ。


街中で特に目のついたこと:それは自転車だらけ。昔の八百屋のおっちゃんが乗ってたような黒いごついタイプ、カブっていうんですかねぇ。みんなそれに乗ってるんです、広い道いっぱいに自転車の波、波、波、もうただ圧倒されました。そしてベルをリリリリ♪と鳴らしまくって、ひたすら突き進む・・・もう周囲はお構いなく、ゴーイングマイウェイ♪だから上海のイメージは喧騒の街でしたね。とにかく騒がしい、よく言えば活気に溢れたエネルギッシュな大都会なんです。


で、何が起こるかというと、当然ぶつかっただの、あんたが悪いだのという口げんか、道の真ん中で交通渋滞をものともせず派手にやってました、それもあちこちで。おまけにそれを見物する取り巻きが、二重にも三重にも四重にも集まって・・・人が多いんかい、中国!そうでした、忘れてました・・・全世界の四人に一人は中国人という事実を・・・。


不思議なのが、真昼間からひまそーな男性、それも年寄りじゃない人が、たくさん何をするでもなく、あちこちにいるんです。仕事してないんですよね。後で判明したのが、いわゆる「待業青年」でした。当時の中国では仕事は自分で探して就業するものではなく、国家から割り当てられてするものなのです。で、その割り当てを待ってる人たちのようでした。何せ人口多いので仕事も足りないのでしょうね、失業とは決して社会主義にはあってはいけないのです。


あんまり歩き疲れて休憩をするべく「地球の歩き方」に乗っていた「東海飯店」に立ち寄ることに。ここは当時お洒落な喫茶店だったのです、ただし上海基準で。メニュウにはケーキと珈琲があるんですよ~、すごいでしょ~。街中ではその手の店はほぼなく、外国人が宿泊するホテル位にしかない。だから一般中国人向けのお店として大変高級で画期的・特別な店だったのですね、では普通の中国人はどうしていたか・・・。


通行中目に付くのが皆マイ・インスタント珈琲の空き瓶@お茶の葉入りを携帯しているのです、蓋つきで中身がこぼれなくて便利だし、イツでもドコでもお湯を注げば何度でもお茶が飲める便利なシロモノでしたね、わたしは持ちたいとは思わなかったけど。


そんな状況ですので、中に入った東海飯店はデートスポットでもありましたね。店内インテリアは元レストランなのか、何故か円卓や四角いテーブルがあちこちに、繁盛しているのか全席満員の所を何とか座席確保して着席。卓上は相変わらずキレイにふけていない・・・向かいのカップルは珈琲とケーキを頼んでいるので、わたしも指差し一発で同じものを注文しました。


若いそのカップルはデート中なんですね、初々しい感じが実に好感が持てました、女性は手に珈琲皿を持ち、珈琲碗から珈琲をそこに注ぎ、スプーンでそれをすくって飲んでるのを見てひっくり返りそうになりました、中国人は猫舌なのかっ!おまけにお皿に乗ってるバターケーキ?はフォークではなく、例の先の細くないはげた塗り箸で食べているっ!さすがお箸の国ですわ。


ん~、ビクトリア女王の時代の英国ではその様な飲み方で紅茶を楽しんだと聞いた事がありますが、その若い女性がそれを知っていたかどうかは定かではないです、でも清楚なお嬢さんでありましたから、そんな気も。


その清楚なお嬢さんのファッションについて、当時も今も上海は流行の最先端を行く街。街を歩くおしゃれな女性は皆同じような・・・夏だから薄いものを着用しているのです、赤とか黄色かカラフルでシースルーなブラウスを。でもそれは正視に耐えないほど下着まで丸見え。大胆でございました、ハイ。でもだれも不思議に思ってない様なのですよね、堂々としてるとそんなもんですかねぇ、コッチはひたすら恥かしかったです。


わたしもお箸であまり美味しくないケーキを食べながら、うすーいぬるーいインスタント珈琲を飲みながら、人間ウオッチングをひたすら飽きることなく続けたのでありんす。そしてこの後は南京路の繁華街へ・・・街歩きはまだまだ つづく・・・ はぁー。


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