そして、抗ガン治療が開始された。抗ガン剤は点滴により体内に入れられる。先生からは抗ガン剤の副作用の話は聞かされていたが、父親も不安を隠せない様子だった。副作用は食欲減退、吐き気、脱毛、白血球の減少などがあるが、父親がもっとも苦しんでいたのは食事が食べられないことであった。しかし、2~3週間もすると抗ガン剤の副作用が治まり食事がとれるようになっていた。しかし、そのころにはさらに次の抗ガン剤を注入されるということの繰り返しを3回ほど行ったが、父親の体力は日に日に衰弱していった。
まず、肺のガンを治療するにあたって、病院の先生からの説明があった。肺ガンのある場所は左肺の上部奥にあり、周辺には静脈があるため手術は困難であるとのことだった。このため、抗ガン剤による治療のみに専念することとなった。父親が抗ガン剤でガンは治るのか?との問いに対して、「ガンを小さくすることは可能ですが、完全に無くすことは難しいでしょう」との回答だった。しかし、完全に治らないとわかっても現状では抗ガン治療を行うしか方法は無く、我々家族も先生の説明をただ聞くだけだった。
2004年5月病院の一室に家族が揃ったところに先生が父親の病状の説明を行った。「現在、大腸にはポリープがありますが、大きさは数ミリ程度しかないため、すぐに手術をする必要は無い」との事、それよりも左肺には5cmもの腫瘍があり、そちらの治療を先に進める必要がある旨を説明された。父親が先生に「肺の治療を行わなかったらどうなりますか?」との問いに対する回答はあまりに厳しかった。「早ければ半年でしょう」と
家族は困惑しながらも、先生の指示に従うことにした。本人も気が動転していたようだったが、納得した。
このときから我が家のガンとの戦いが始まったのだ。