空をなくす/Syrup 16g
lyric→


湿っていて、
見渡す範囲はとりあえず湿っていて、
酔っていっそうおおきく、
早口で喋る彼女がまくいついてくるのを、
露骨に疎んでしまってなおさら湿気た。

わたしたちは、
多分、
爪におけるいちばんひねくれた部分しか知らない。

犬が抱っこをせがむのだけれども、
うつすべきものがなにもなくて、
ブラシをかけても、
彼女は、
黒目だけを剥いて、
首をかしげている。

彼/彼女/わたし
という呼称を、
時々、
やめようじゃないか、
と思い立つ。
そういうときに自己紹介をしたら、
いくらか親切になるのだろうと思うのだ。

けれども、
その至極オリジナルで腹の立つ字面は、
誰に伝わるようもないので、
あぁもう、
決断って全部ひとりよがりだから、
一緒だろう、
あるかしら不甲斐ないわ、
あの子にメールをば、
などといいつつ、
ねえ、もっと律儀になれないの?

空をなくすのは、
手元にツールがあればいちばんむずかしいことではない。
自己紹介をしているときのわたしは、
空をなくしたように振る舞うし。
いっぽう、
いざ、
空をなくすと、
きみはとんでもないことをしたのだ、
と、
周りにいわれ、
なくす以前の摩擦は消失してしまう。

わたしは自己紹介がきらいだ。