東京 1968 その43 | 沖縄1968。

東京 1968 その43

「最後の20セント」の仕事はそんな調子で、何が起きるかわからないハプニングの連続の刺激的な毎日だった。 

昼は昼で、僕とケニーはバンマスの内山さんのお供をしてのスタジオ巡りさ。 
この時代はまさにスタジオ・ミュージシャン花盛りってなもんで、テレビCMや劇伴の音録り、レコーディング等々、都内の録音スタジオは早朝から深夜まで24時間フル稼動さ。 
売れっ子ミュージシャンともなるとギリギリのスケジュール調整をしながらまるで渡り鳥のようにスタジオからスタジオへと楽器片手に飛び回っていたんだ。 

もっとも、ピアノは勿論の事、ヴァイブとかの大がかりな楽器になると各スタジオそれぞれに前もって用意されているわけで、身体一つで出かけりゃ良いものを、そこは転んでもタダは起きない内山さんとしては、何が何でも自分のヴァイブを持ち込んで「持ち込み料」をしっかりといただいちゃおうってな寸法なわけで...

おそらく一時間4000円ぐらいのギャラだったと思うけど「持ち込み料」も同額出ていたんじゃないのかなぁ。 

スタジオに着くや否や僕達三人は内山さんの車の後部座席とトランクからバラしたヴァイブをスタジオに運び込み、あっというまに手際よく組み立てて 
「さあ譜面ちょうだい」

ってなもんで、な~に横を見りゃちゃんとしたスタジオ専用のヴァイブがしっかり置いてあったりするわけで、この業界で生きていくには相当な鉄面皮になれなきゃななんてしみじみ思う僕とケニーだった。 

いつも内田さんと一緒になるUさんというベーシストは、一見職人さんってな感じの、まるで、そう須田さんを彷彿とさせるような人だったんだ。 
最初はちょっと近寄りがたい雰囲気だったんだけど 
「何だいユウはうっちゃんのバンドでやってんだって?」 
なんて言いながら僕の左手の指先をつまんで 
「まだ日が浅いんだなぁ。しっかり練習しなくっちゃな。ちょっと弾いてみなよ」 
なんて言いながら渡されたばかりの譜面を見せて、僕に自分のベースを弾かせてくれたりしたんだ。 
「これって、すごい高そうですね...」 
「ああ、これはペルマンだよ。一生モンだよ。鳴りが違うだろ?ユウが弾いたってすげえ良い音してらあね、ハハハ」 

また、ある時には買ってきたばっかりのフェンダーのジャズベースを(この頃、やっとエレキ・ベースが市民権を得るようになってきたのさ。でもスタジオじゃまだまだエレキ・ベースのスペシャリストっていうのが現れておらず、このちょっと後に登場することになる江藤勲さんがあっというまに席捲する事になるんだ) 
「どうしてもエレキじゃなきゃ駄目ってぇんでさ、しょうがねえから買ってきたよ。何かおもちゃみてえでよ、参っちゃうよな。ユウはこんなの得意なんだろ?ちょっと弾いてみなよ」 
なんて言いながら僕におしつけ、顔は笑っていても意外に真剣な眼差しで僕の右手のポジションを凝視してたりするのにはいささかビックリってなもんさ。 
「そうか、ウッドとは弾き方がだいぶちがうんだな。全然別物って頭で考えなきゃなんねえな。そりゃあそれで面白いかもな」 
何やら一人で納得ってな面持ちさ。 

そんなある夜。 
その日は12月だっていうのに朝から結構な雨が降っており、その雨の中も昼間っから早稲田のアバコ・スタジオや青山一丁目のラジオ・センターとかを相変わらず内山さんのお供でかけ巡った僕はもう疲労困憊もいいところで、「20セント」の休憩時間中も控え室のソファでガーガーと白川夜船を決め込んでいたのさ。 

「さて、今日は雨も降ってる事だし皆の自宅を回って送ってあげましょう。菊地君もだいぶお疲れ気味のようですしね、ホホホ」 
そんなわけで、仕事が終わり僕達一同内山さんのマークⅡに乗り込むと 
「先ずケニー君を茗荷谷ね。それから菊地君が成増の手前で、石橋さんが蕨、と。それで僕は西新井へ戻れば良いって事ですね」 
車が走り出し、僕はまたまた睡魔に襲われる。 
車のウィンドウを激しく雨が叩く。 


「ラジオでもつけましょうかね?」 
助手席に坐った石橋さんの提案で、内山さんがカーラジオのスイッチを入れる。 
何やら洋楽がかかっている。インストルメンタルのようだ。 
この曲何だったっけかなぁなんて半分眠りかけた頭で考える。 
青山一丁目の交差点を越えたあたりで音楽が終わり、男のディスク・ジョッキーが喋り出す。 
「いやあ、それにしても今日の昼間の事件にゃあ驚きましたねぇ。驚天動地っていうのは、ああいう事を言うんでしょうねえ」 
ん?何かあったのか?今日は昼前っからずっと外に出ててニュースなんて何も知らないぞ。 
内山さんも同じ気持とみえて手をのばしてラジオのヴォリュームを少しだけ上げた。 
「しかし、驚きました。三億円強奪なんて、まるで小説の中の話じゃないですか。ねえ、ラジオお聴きの皆さんだって三億円ってどのぐらいの金額なのかおそらく見当もつかないでしょう?」 

キーッというけたたましいブレーキ音と共に横にスリップしながら車が急停止だ。全員が前につんのめり、手を伸ばして身体を支えるのに精一杯さ。 
「さ、三億円...強奪...盗まれたぁ?三億円だってぇ?」 
内山さんがうつろな目で宙を見つめている。 
僕達も何も言葉が出なかった... 

権田原の交差点のちょっと手前、道路の真ん中で横を向いて停まったままのマークⅡを叩く夜の雨はますますその勢いを強めるばかりだった。