東京 1968 その41
石橋さんは山崎唯さんに呼ばれ、何やら水割りを手に話が弾んでいる。
後で伺った話では、石橋さんは若い時分にウッドベースを弾いており、何と植木等さん(Gt)と山崎さん(Pf)と三人で米軍キャンプ回りの仕事をしていたらしい。
世が世なら、石橋さんがクレイジーキャッツのメンバーだったなんてぇこともあったわけで...いやぁ、何とも楽しいや。
内山さんはガンさんの隣で内田裕也さんと談笑。
昔の武勇伝に花が咲いている模様なり。
僕とケニーはとりあえず控え室に戻りソファにどっかと腰を沈めた。
「ああ、疲れた~」
しばし二人は無言のまま...
「ベース、聞こえてる?何かさ、自分で弾いてて自分の音がよく聞き取れないんだよねぇ」
「うん、聞こえちゃいるよ。俺はすぐ隣だからね。ま、あんだけ客席が騒々しかったらしょうがねえだろ。エレキじゃねえんだしさ」
「自分の音が聞こえないで弾いてるのって、すっごく疲れるんだよね...」
「俺達に聞こえてりゃ良いんじゃねえの?所詮ヴァイブとピアノとウッドじゃヴォリューム的にはこういうハコ(店)にはむかねえよな。もっと静かなとこだったら雰囲気バッチリなのにな」
ヴォリュームが出ないのは、やっぱり僕がまだまだ未熟なせいなのだろうか。
何たってウッドを初めて手にしてまだ半年も経ってないわけだし...
それにしても、須田さんなんてフルバンドで、しかもあんなに大きなハコ(赤坂・クラブ月世界)で平気の平左で弾きまくってるんだもんなぁ。やっぱりすごいや。
次のステージは最初からハプニングが...
ピアノの椅子に坐っていたのは石橋さんじゃなくって山崎唯さんだったんだ。
「山崎で~す、よろしくね。寛ちゃん(石橋さん)の代役で~す」
そしてガンさんが店中に聞こえるような大きな声で
「皆さん、トッポ・ジージョのショー・タ~イム!」
店中の大拍手の中で、いきなり山崎さんは目にもとまらぬ速さでアルペジオを。
鍵盤の上を山崎さんの両手が縦横無尽にかけめぐる。
まるでマジックってな感じさ。
終いにゃ鍵盤の外まで両手がとび出しちゃったりで、もうそれだけでウケるウケる...
そこから突然「トゥ・ラブ・アゲイン」が始まり僕とケニーもあわてて後からついていく。
どちらかといえば音数の少ない石橋さんとは正反対に、猛烈に饒舌な山崎さんの華麗なプレイは確かにショーアップする事は間違いないようで、やっぱり名前のある人っていうのはどこかがちがうもんなんだなぁなんて妙に感心しきりの僕だったわけで...
「は~い、Gマイナー!4つ(4ビート)でねぇ~」
僕とケニーにウィンクをしながら突然、曲が変わる。
すかさずついていく僕達...
山崎さんが弾き始めたのは「すてきなあなた」だった。
ミディアム・テンポでエロール・ガーナー風に...
「バイ ミ~ ヴィスタ~シェ~ン♪」
山崎さんは歌いながら満面笑みをたたえ、実に楽しそうに弾いている。
客席でも中尾ミエさんが立ち上がって箸を指揮棒のように振りながら大きな声で歌っている。
皆で大合唱ってなもんだ。
嗚呼、店中がひとつになっている...
沖縄の米軍キャンプで、黒人兵が次から次へとステージに上がってきて30分も40分も歌い続けた「スタン・バイ・ミー」...
僕は何かあの時に感じたものを、今この瞬間にも感じていた。
やっぱり、音楽やってて良かった...