ねこぢる草
監督が亡くなったので配信されていた劇場作品。ありがたや。「ブリキの花園へ、たいせつなもの、さがして」だったかなあ、DVDかなんかのCM……節約されたジブリみたいなOP、からのしょっぱなの出だしからほのぼのと思いきや日常のやばみ!からの昭和の日常感は誰かの思い出の中のよう。二頭身のねこのわりと虚無な目つきですから察する人が多いでしょうが、かわいいものではないということを冒頭でしっかりわからせてくれますサイレントではないが、人間らしいセリフは吹き出しと書き文字だけなので映像だけではよくわからなかった人向きのあらすじ(言葉では説明はされないので一応自己解釈ではあります)(人げんらしいものはほぼキーキーしか言わないしねこのかたちをしたものは大抵ねこの鳴き声と吹き出しの中の日本語しか出しません そーれ!!は言う)弟猫が事故死しそうになったそのころ、姉は高熱で病死していた。だいぶ中盤まで兄かなと思ったら姉猫だった。ねえちゃん、うでとれた。さくらももこのインチキおじさん登場みたいな死神に連れられる姉猫の魂を、自分も死にかけていたことで追いかけ半分取り戻すことができた弟だが、半分だったため、蘇生した姉の意識は半死人だった。後遺症で意識障害的な。翌日おつかいに出た姉弟(昭和時代風の話なのでね)は、そのまま妄想とも夢ともつかない世界を楽しみ、状況に流され、蝶に導かれながら暴力的な旅をする。その果てに見つかるものは……グロテスクな描き方をされているわけではなく、あっさりさっぱりな描写ですが作品の性質上えええ!!?!? みたいなことは全編とてもよく起こります。とはいえシュール映像には慣れていた方がいいけど、ストーリーと起結がわりとはっきりしているので慣れていない人にもよさそう初心者向きのシュール&グロと言えそうですね。とはいえこの程度でグロとか言うとむしろ怒られると思うけれど、クレヨンしんちゃんみたいな映像でたのしそうに知らない人が輪切りになります、くらいは言っておいてもいいでしょう。TVではないので赤もよく出ます演出絵コンテさんが湯浅政明!!そりゃそうでしょうね!!!!という動きも全編そんな感じなので映像的に損はさせません!その意味だけでもしっかりおすすめ出来ます!!この感じの動き、湯浅さんしかできないやつだったらどうしよう……クレしんやスタジオSARUさんが好きなら損はさせませんわかりやすいストーリー物やわかりやすい神作画といった価値ではない、わからないもの、「わからない」そのものに慣れるのにはぴったり、ではないでしょうか。ラストの「ぶるにゃん」、映像見ながらだと気が付かなかったけどながらで声だけ聞いたら完全に甘えて喜んでる時のねこの声じゃん!!!!!!!!!!最高!壊れたオルゴール、あるいは古い家族ビデオを反芻するような工夫のあるスタッフロールも素晴らしい。こういうEDもっと見たい……。無声みたいな映画で映像もシュールな作品でこれだけ起承転結がありとてもわかりやすいのは素晴らしい。この監督のほかの作品も、語りすぎないけれど丁寧で健全な地に足の着いた良い印象のものが多いので、原作の突飛さと映像性は湯浅さんが、それを商業的に一般的に最低限「わかる、良いもの」にまとめてるのがこの監督さんの手腕であり作品性なのでしょう。もちろん原作あってこそ。この「ねこぢる草」と同じものを求めてというには違うというしかないけれど、ムリョウもモーレツ宇宙海賊もナデシコもおすすめ。むしろナデシコがよくああいう展開になったな……という気がしますね。でも、ちょっとわかる気もします。監督の世界は美少女とか宇宙人とかねこぢる草とかどことなくフワっとしてるようで夢ではなく断然地に足はついているけれど、毒はないけれど、ただ面白くて楽しいドラマチックな人間賛歌を歌うだけのキラキラはしていない……覚悟がある……ネタバレと解釈死にかけて幽体離脱しているから声をかけても気づいてくれない両親、花にかかる蜘蛛の巣、姉の頭に留まる蝶……ええ!?そこでそういうふうに終わっちゃうの!?という終わり方もあり個人的には弟猫も死んでる可能性はあるなぁ……と思ったりしていますむしろあれはこの世(あの世界)が終わっているのかもしれない娯楽のために飛び散り流れる血、高笑いする首。求めるままに吐き出される煌びやかな煙の幻。人間の悦楽という愚かさに苦しめられ美しいものを吐き出し歓声を浴びて滅ぼされる存在しないけど存在する大きなもの。汚されたその犠牲の内包する濁流に沈むすべて。それに流され飲み込まれ漂流する姉弟と搾取されるおとなしい豚。唐突に掬い上げられ干上がる世界。漂泊する姉弟と一矢報いる豚。つぎはぎに代替される何かだったもの。砂漠の中の屋敷で足もおぼつかない老人の悪趣味のために供される美食。猫たちは抗う。漂流しておとなしい豚を犠牲にしその肉を食わせ、肉のなくなった豚に乗って砂漠を歩かせ、殴ったたんこぶをそぎ落として食いながらマズいと吐いて叩き殺す。自分たちを太らせ食おうとした爺を釜に入れ追われぬよう四肢を切り落としふたをする。人類と弱者と強者と無辜の庶民である。神のようなものが鑑賞し最後のうまみをすすり上げるために早回しされ早戻しされるこの世界に流れるすべての血のマグマの味、生と死、それがおいしくあつあつに煮えたぎるように飛び交う炎、燻煙する雲みたいな茸の森。ISもない時代にこの映像である!!そのはてに、くらい死の川の先に、枯れることのない灰色のブリキの花園の中に。もしかしてねこぢる草ってあの最後の花の事?!花の香を嗅がせたらねえちゃん生き返ってうれしい!!そして無事に家路につき、おつかいもできて、なにげない昭和中期の家で団欒を楽しむ。そしてそれは見ぬ間に失われ、とぎれ、スイッチを切るように終わり、きれいな一瞬の誰かの思い出を壊れながら反芻するセピアのスタッフロールになるのである。さして浮かない表情の姉弟が、親のための理想の一家の思い出的なリアルでよいですね。滅んでいたとしても終わっていたとしても漂流しても搾取しても、灰色のうわべの永遠の中の輝かしい本物の色づいたもののために。ブリキも枯れないだけでいつかそのうち錆びてなくなるけど、いいんですそういうものなんです