今日は中学からの唯一無二の親友の結婚式に出席しました
朝早くて、めちゃしんどいめちゃしんどいと思いましたが
会場について、高校卒業してから9年越しのクラスメイトに再開した!
会場の関係上、高校の同期は8名しか来れなかったが、
会えてうれしかったと思うと同時に、その8名の中に自分を入れてくれたことに
ひたすら感謝していました。
中学、高校、寮生活の6年間、ずっと一緒に過ごし、同じ部屋になったことも5,6回ありました。
大学受験も共に勉強しあい、絶対妥協しないでやるという思いで頑張り続けたが、お互い浪人
浪人中も、予備校は場所が全然違うが、時間を見つけては飯食って一緒に勉強してました
親友は医学部へ、自分はスポーツ医学部勉強しにアメリカへ、それまでの高校の友達とは一気に疎遠になるなかで、いつも日本からメールで叱咤激励してくれました
帰国した時もいつも遊んでくれたり、突如金曜の夜に箱根いこうぜ!焼肉いこうぜ!
社会人になってもずっと同じように時間をつくっては一緒に会って、まじめな話、バカ話色々としていました。
結婚すると奴の口から聞いたときは、心が震えた
なんでだろう
すごく心が震えた
長い間時間を共にしてきて、常に刺激しあってきた親友が結婚することになった。
月日の流れ、時間の流れは残酷なまでに早い
ついこの前高校卒業したかと思えば、
ついこの前大学卒業したと思えば、
ついこの前社会人になったかと思えば
これの繰り返しで、時が発つ速さの残酷さを身に染みていた
しかし、その時、違う感覚になった
月日が発つことは、残酷な気持ちになる共に、すごく幸せを感じることのように思えた
これは今まで生きていてはじめて感じる感覚だった。
親友が結婚するといって、今まで感じたことない幸せな気持ちになれた
自分の目標を達成したときや、やっとの思いで手に入れることができたものなど
たくさんあるが、その時の幸せな気持ちとはもう全く異質なものでした
自分が大事にしている友人の幸せを見た時、また幸せになってほしいと心から願っている時
自分はすごく幸せな気分になれていました。
幸せって何?
今まで生きていてこの問をずっとずっと追いかけ続けてきました。
何故なら人は幸せになるために生きているからです。
しかし、人の幸せだと思っていること=自分の幸せであることは少なく
、
自分の幸せはなんなのか
をどれだけ深く追求してこそ本当に見えるものだと思っていた
現に自分は
どんな環境でも生き抜いていける生命力と環境適応能力を持つこと
(ダーウィンの種の起源によれば、生き残るのは、最も強いもので、最も賢いものでもない。変化に対応できるものだと記述。 その通りだ!と思い実践している)
人に与えることができるものを多くする
夜寝るときは、余力を残さず、くったくたの状態で眠ること
新しくものごとをしること
テニス、スキューバ、などスポーツしているとき
に
すっごい幸せ感じてました
もっと深堀して
でも今日、追加されそうです
大事に思う人の幸せを願うこと
大事に思う人の幸せになること
スヌーピーの作者であるチャールズ・シュルツは
Happiness is puppy`s warm
(幸せは子犬の温かみ)
といったように、
自分も
Happiness is ,,,,,,,,,,,,
と一言でいえるくらい
深堀して、凝縮した幸せをいえるよう更に追求していこう!
今日、人のことを思ってここまで幸せな気持ちになったのは初めてです。
大事になっている人が幸せになる
それを味わえたのは、時が経ったが故だと思っています。
またこういう幸せを感じれるよう、人間関係を大事にし、
自分が大事だと思える人を増やしていこう。
最後に
結婚した二人を心から祝福します。
あーーーー!
俺は幸せだぁ~!!!
ネットの普及によりラジオが身近になりましたね
Radikoはじめ、色んなラジオをPCやりながらきけるようになってから
テレビはあんまりみなくなりましたね
というより、今テレビは個人的につまらんのが多い
もっと知的好奇心が駆られたり
もっと知ることが楽しくなるような
TV番組が少ない
そういう意味ではちょっと前にフジテレビの深夜に放送していた
お厚いのはお好き
はすごく好きだったな!
決して深いものではなかったけど、
哲学者の歴史や背景を教えてくれるものだったから
すごく勉強になることが多かったし
当時受験を控えていたから
勉強に対して前向きにさせてくれる内容だったのですごい好きだった
ああいう番組がもっと増えてほしいなぁとは思うんだがなぁ
さて、今日はネットラジオについて書く
主に自分はRadikoのJ-WaveとOttavaをよく聞く
J-Waveは最初ピストン西澤の
グルーブラインZ
がきっかけで聞いたけど
Cutting edgeとか、Around the world
とか興味を引く内容が本当に多い!
Ottavaはクラシック音楽専門ラジオである
クラシック好きにはたまらんラジオだと思う
クラシックわからない人でも丁寧に背景や曲を解説してくれる
テレビって、視界を使うから作業しながら聞くことは難しいかもしれないけど
ラジオは聴覚のみ聞くことを前提としているから、解説もすごく丁寧だし
話もうまい
作業も中断されないし、すごくありがたいと代物ですね!
Radiko
http://radiko.jp/#
Ottava
http://ottava.jp/
是非一度お試しあれ
Radikoはじめ、色んなラジオをPCやりながらきけるようになってから
テレビはあんまりみなくなりましたね
というより、今テレビは個人的につまらんのが多い
もっと知的好奇心が駆られたり
もっと知ることが楽しくなるような
TV番組が少ない
そういう意味ではちょっと前にフジテレビの深夜に放送していた
お厚いのはお好き
はすごく好きだったな!
決して深いものではなかったけど、
哲学者の歴史や背景を教えてくれるものだったから
すごく勉強になることが多かったし
当時受験を控えていたから
勉強に対して前向きにさせてくれる内容だったのですごい好きだった
ああいう番組がもっと増えてほしいなぁとは思うんだがなぁ
さて、今日はネットラジオについて書く
主に自分はRadikoのJ-WaveとOttavaをよく聞く
J-Waveは最初ピストン西澤の
グルーブラインZ
がきっかけで聞いたけど
Cutting edgeとか、Around the world
とか興味を引く内容が本当に多い!
Ottavaはクラシック音楽専門ラジオである
クラシック好きにはたまらんラジオだと思う
クラシックわからない人でも丁寧に背景や曲を解説してくれる
テレビって、視界を使うから作業しながら聞くことは難しいかもしれないけど
ラジオは聴覚のみ聞くことを前提としているから、解説もすごく丁寧だし
話もうまい
作業も中断されないし、すごくありがたいと代物ですね!
Radiko
http://radiko.jp/#
Ottava
http://ottava.jp/
是非一度お試しあれ
アメリカで大学を卒業したけれど、、、、、、
せっかく身についた勉強癖を風化させないため
勉強が純粋にしたいから
もっと多くのことを知りたいから
経済を勉強したいから
と
お金が安い
ということもあって、慶應義塾大学経済学部の通信課程に2010年から通っています。
正直かなりしんどい状況が続いていました。
レポート書いてもなかなかPassしない
テストも結構難しい
本腰いれて勉強しなきゃと思い、この3年間働きながら、間の時間は必死に勉強していました。
どうにか単位はとれてきたけど、
卒業までまだ1年はかかるだろうな
という状況。
現在状況
学士入学のため、卒業は76単位でよい
英語1,2,3,7 レポ、試験共に完了(一つ余計だね)
スクは今夏
レポ、試験終了
金融論
経営学
人口論
西洋経済史(近世)
簿記
原価計算
会計学
レポ終了
財政論
経済史
経済政策
日本経済史
産業社会論
地理1
地理2
会計監査
憲法
経営管理
経営分析
国民所得論
着手中
原論
保険
都市社会学
商業学
国際経済学
社会思想
(明らかに単位数Overだが、
勉強できるうちにしておきたいというのもあり
テキストだけは読んでいる)
夏スク
14単位取得
今夏10単位Try
卒論 仮登録済み
76単位
夏スク14単位取得済み
テキスト26単位取得済み
今夏夏スク10単位(予定)
卒論8単位
残 76-56=20単位
必修残り12単位
選択残り8単位
夏スクを全部やっつければ
卒論入れて残り28単位!!
常に6科目受験
先倒しでレポートをやってしまえば
きっと怖いものなし!
しかし、7月の試験には用事ででれなくなってしまったのが
本当に痛い
来週までに原論書き直して、
卒業まで走り切ろう!
卒業率3%というのは、あれは嘘というかはったりだわな!
せっかく身についた勉強癖を風化させないため
勉強が純粋にしたいから
もっと多くのことを知りたいから
経済を勉強したいから
と
お金が安い
ということもあって、慶應義塾大学経済学部の通信課程に2010年から通っています。
正直かなりしんどい状況が続いていました。
レポート書いてもなかなかPassしない
テストも結構難しい
本腰いれて勉強しなきゃと思い、この3年間働きながら、間の時間は必死に勉強していました。
どうにか単位はとれてきたけど、
卒業までまだ1年はかかるだろうな
という状況。
現在状況
学士入学のため、卒業は76単位でよい
英語1,2,3,7 レポ、試験共に完了(一つ余計だね)
スクは今夏
レポ、試験終了
金融論
経営学
人口論
西洋経済史(近世)
簿記
原価計算
会計学
レポ終了
財政論
経済史
経済政策
日本経済史
産業社会論
地理1
地理2
会計監査
憲法
経営管理
経営分析
国民所得論
着手中
原論
保険
都市社会学
商業学
国際経済学
社会思想
(明らかに単位数Overだが、
勉強できるうちにしておきたいというのもあり
テキストだけは読んでいる)
夏スク
14単位取得
今夏10単位Try
卒論 仮登録済み
76単位
夏スク14単位取得済み
テキスト26単位取得済み
今夏夏スク10単位(予定)
卒論8単位
残 76-56=20単位
必修残り12単位
選択残り8単位
夏スクを全部やっつければ
卒論入れて残り28単位!!
常に6科目受験
先倒しでレポートをやってしまえば
きっと怖いものなし!
しかし、7月の試験には用事ででれなくなってしまったのが
本当に痛い
来週までに原論書き直して、
卒業まで走り切ろう!
卒業率3%というのは、あれは嘘というかはったりだわな!
日本とアメリカの違いはどこか
それは自分の身は自分の身で守る意識の違いにひとつあるのではないだろうか。
自分の身は自分で守る、人を頼りにしない
こういう所はアメリカの随所によく見えるように思える。
拳銃所持可能も自分の身を自分で守るというアメリカ社会を象徴しているひとつではないだろうか?
というわけで今回は銃について
アメリカにいて、拳銃打ちまくってきました笑
Shooting Range

ハンドガンがズラリ!!!

ライフルの弾丸

Glock

標的

今は亡きラディン 標的

Range

いざ!!!

ドカーン

What`s UP? COCO?

拳銃を持っていると男性ホルモンであるテストステロンが上昇するといいます。
打った時の衝撃、内から湧き出る感覚、終わった後の爽快感に近い気持ち
1人20ドルくらいでしたが、何度も何度も通ってしまいまいた。。。。
勉強でむしゃくしゃした時、
テストで終わった時
くじけそうな時
鬱がひどい時
いやぁ~すごくお世話になったなぁ~
超楽しかった!!!
日本でもクレーン射撃を始めたいと思うけど、
場所がなかなか遠いんだよな
また拳銃撃ちにアメリカに帰りたいですね!
動画も近々UPしますね!
それは自分の身は自分の身で守る意識の違いにひとつあるのではないだろうか。
自分の身は自分で守る、人を頼りにしない
こういう所はアメリカの随所によく見えるように思える。
拳銃所持可能も自分の身を自分で守るというアメリカ社会を象徴しているひとつではないだろうか?
というわけで今回は銃について
アメリカにいて、拳銃打ちまくってきました笑
Shooting Range

ハンドガンがズラリ!!!

ライフルの弾丸

Glock

標的

今は亡きラディン 標的

Range

いざ!!!

ドカーン

What`s UP? COCO?

拳銃を持っていると男性ホルモンであるテストステロンが上昇するといいます。
打った時の衝撃、内から湧き出る感覚、終わった後の爽快感に近い気持ち
1人20ドルくらいでしたが、何度も何度も通ってしまいまいた。。。。
勉強でむしゃくしゃした時、
テストで終わった時
くじけそうな時
鬱がひどい時
いやぁ~すごくお世話になったなぁ~
超楽しかった!!!
日本でもクレーン射撃を始めたいと思うけど、
場所がなかなか遠いんだよな
また拳銃撃ちにアメリカに帰りたいですね!
動画も近々UPしますね!
アメリカ生活の中で苦しかったことは何か
そうきかれたら間違いなくこう答えるだろう!
飯があまりにまずい!!!!
日本の多種多様でかつ、おいしい料理に慣れていると、アメリカでの食生活はほぼ絶望に近いものを感じるのではないだろうか?
おなかいっぱいになる前に飽きる
脂っこすぎてあきる
バリエーションがなさすぎて飽きる
そんな具合である。
外でマクドナルドとか食べたほうがよっぽどおいしいんじゃねーか?ってくらいまずかった。
朝は、コーンフレーク、ベーグル、ぼそぼそしたパン
卵、ベーコンまたはハム、ビスケット、グレービーソース
ハッシュポテト、
飲み物はオレンジ、リンゴ、ゲータレード、2%ミルク、Skimミルク、まずいコーヒー
昼はハンバーガー、ピザ、タコス、フライドポテト、ナゲット
スーパーまずいサラダ
夜は、スーパーまずすぎる飯
順番としては
朝が一番おいしい
昼はまだ食べれる
夜は死
といった具合である。
朝飯



これはまだおいしそうだ!
昼飯はもはやこんなもんか?
Super size me
http://www.youtube.com/watch?v=tLqhuULT2uo&feature=related
こんな毎日である
夜はほんとまずかった。
ほんとまずかった
なまずのムニエルとか
カチカチに硬いミートローフとか
ぱさぱさした米とか
パスタは持ち上げたらぶちぶちちぎれるし
マジで最低な食事でした。
最後にケーキ!


誕生日パーティで誰かがケーキつくっても、つくった本人は絶対食べなかった
なのに俺らには食え食えとすすめやがる
殺意を覚えますね~~~
結論:アメリカは飯がスーパーまずい!
ご注意あれ!
そうきかれたら間違いなくこう答えるだろう!
飯があまりにまずい!!!!
日本の多種多様でかつ、おいしい料理に慣れていると、アメリカでの食生活はほぼ絶望に近いものを感じるのではないだろうか?
おなかいっぱいになる前に飽きる
脂っこすぎてあきる
バリエーションがなさすぎて飽きる
そんな具合である。
外でマクドナルドとか食べたほうがよっぽどおいしいんじゃねーか?ってくらいまずかった。
朝は、コーンフレーク、ベーグル、ぼそぼそしたパン
卵、ベーコンまたはハム、ビスケット、グレービーソース
ハッシュポテト、
飲み物はオレンジ、リンゴ、ゲータレード、2%ミルク、Skimミルク、まずいコーヒー
昼はハンバーガー、ピザ、タコス、フライドポテト、ナゲット
スーパーまずいサラダ
夜は、スーパーまずすぎる飯
順番としては
朝が一番おいしい
昼はまだ食べれる
夜は死
といった具合である。
朝飯



これはまだおいしそうだ!
昼飯はもはやこんなもんか?
Super size me
http://www.youtube.com/watch?v=tLqhuULT2uo&feature=related
こんな毎日である
夜はほんとまずかった。
ほんとまずかった
なまずのムニエルとか
カチカチに硬いミートローフとか
ぱさぱさした米とか
パスタは持ち上げたらぶちぶちちぎれるし
マジで最低な食事でした。
最後にケーキ!


誕生日パーティで誰かがケーキつくっても、つくった本人は絶対食べなかった
なのに俺らには食え食えとすすめやがる
殺意を覚えますね~~~
結論:アメリカは飯がスーパーまずい!
ご注意あれ!
前回の日記であげた内容がおおまかな短大での授業の内容である。
今回は短大の生活面、アカデミックではない部分について書いていきたい。
私が2年間過ごしたその大学では、キャンパス内に寮があるという素晴らしい立地条件
授業が行われるビルまで徒歩で2分という信じられない立地条件である。
9時からの授業でも8時50分におきれば間に合うのである。
1時間以上かけて通勤している今に比べたら何と信じられない環境だったことか
不幸にもこの環境に慣れ過ぎてしまったがために、帰国後、家を出て一時間以上かけて移動してなにかをすることがおっくうになってしまい、めんどくさがりになったような気がしないでもない。
さて、授業は一日4~6コマで
時々イブニングクラス(PM6時半~9時くらいまで)が行われていた。
それ以外は何をしていたかというと
自分は部活動と学生トレーナーをしていた。
元々スポーツを勉強するためにきたわけだから、自分がスポーツをしないという選択肢はないわけですね
最初は野球をやろうとしていました、というのは元々野球を高校までやっていたので、
本場アメリカで野球を楽しんでやろうと思っていたわけです。
選んだ大学は短大の中では全国レベルだったので、猛者が全米から集うわけです。
大学名はSpartanburg Methodist Collegeという短大である。
東海岸に大学がありながら、西海岸、中部、北部と色んなところから野球をしに学生発ちが集まってきた。
合同練習で2週間くらい一緒にアメリカ人と練習した後にトライアウト
浪人で鈍り切った体をトライアウトまでにはある程度完成させることができた。
ポジションは外野、セカンド
足や肩の調子も悪くなかった。
さぁ、トライアウトがはじまった。
走り込み、キャッチボール、ノック、守備
そして打撃練習、試合
打撃練習まではよかった
いけると思った
が、甘かった
打撃練習では力の違いに唖然とさせられた。
パワーが違い過ぎる
試合もね、、、、、、いや、無理、球あたらねー
150キロ近いボールがばんばん飛んでくるし、
見たことない変化球ばっかで、ボールに当てることすらできない状況
結果、不合格
当たり前やがな
スポーツ勉強しにきたのに、スポーツができないというのはありえん
翌日テニスの説明会→あっという間に入部
この落差はなんなんだ?
まぁそれはおいといて、テニス部にあっさりなりました!
ちなみに経験はほっとんどない状態で体育会テニス部に入りました(無謀)
練習は毎日2時間程度
シーズンがはじまると朝練いれて計3,4時間程度
筋トレは各自で任せるという状況。
日本と違って、メニューは全部自分らで考えるし、求めればアドヴァイスをくれるという環境。今まで自分が体験してきた日本のスポーツとは大分違っていた。
テニスの他にも、学生トレーナーも行っていた。
学生トレーナーは拘束時間が長いのと、実習にすごく時間がかかるもんだから
勉強、テニス、トレーナーの3つをバランスよくやることは辛いもんであった。
トレーナー活動は、テニス、サッカー、バスケ、バレー、ゴルフとすべてのスポーツのサポートを行っていた。
ケガの予防、トレーニングの補助、栄養などのケアなどなどである
そういう実習をしながら、スポーツの知識を手に入れ、自身のテニスに打ち込んできた。
初心者ではあったが、レギュラーをいただき、各大学との交流試合や、大きな大会にも出していただいた。
惜しくも地区大会には出場できなかったが、ここで必死でテニスの練習に励んだことで、その後の大学での生活がより一層楽しいものになれたし、日本でも多くの方々とテニスを通じて素晴らしい仲を築けている。
トレーナーとしても、自分の知識、経験でアスリートのケアもできたし、スポーツが嫌いな人はそんなにいないし、本当に今までにない人間関係を、この経験によって築けた。
1年生、Freshman yearの時の最初のルームメイトは黒人だった。
黒人だったからか、訛りがかなりひどくて、聞き取ることが困難であった。
意思疎通も困難であったし、性格もあわないということで、
2,3か月でルームチェンジになった。
その後、Mattew Morrisという野球部のエースと部屋をシェアすることになった。
毎日毎日部屋で筋トレするので、部屋はマジで汗臭い
女の子が部屋に遊びに来たときは、10秒でいなくなってしまうくらい、すげー臭い部屋であった。
ヘビメタを毎日大音量でききながら、筋トレをして、朝もヘビメタと共に起きる
しかも朝5時半
頭おかしくなるんじゃねーか?と思ったね。。。。。。
毎朝毎朝、キャッチボールの相手をしたが、球が速すぎて、重すぎて、手がパンパンに腫れ上がったり、グローブが壊れるなどのハプニングが続出した。
練習が終われば自分がマッサージしたり、ストレッチを手伝ったり、筋トレを共に行ったり
こんな生活が1年続いた。
こんなストイックな人間みたことなかったし、
正直楽しかった
しかし、突如別れが訪れた。
ドジャースとマイナー契約をすることになったのだ。
彼は大学を中退し、プロ野球選手になってしまったのだ。
冬休み、日本から帰ってきたときには、Mattは既に大学にはいなかった
でも、Mattから本当に多くのことを教えてもらった。
好きなことをやるのなら、誰よりも努力すべきだということ
人を気にしない、強い自分自身をもつこと
練習は裏切らない
アスリートとしての考え、ストイックさ、プロ意識
そういうものを学べた。
嬉しいことに今でも交流が続いている。
もしかしたら日本のチームに来るかもしれないと言われている。
そうなったらうれしいことだが、それは期待しないで待っていることにする。
Mattに出会ってから、人生観が本当に変わった
今まで環境のせいにしていたが、環境は自分の努力次第で変えられるし、
好きなことを生業にしたいなら、自分が満足のいくまで努力すること!
自分に負けないこと
いわゆるプロ意識というものを彼から教わった気がする。
おかげでその後の苦しい勉強生活も、テニス生活も、耐えられた。
全てMattのおかげだと今でも信じている。
このブログではとてもいいあらわせないが、
不便で、苦しい場所ではあったが、
この大学だったからこそ得られたものがあったと思っているし
ここにきて本当によかったと思えることがたくさんあった。
飯もすげーまずいし、
寮もトイレもシャワー室もくさいし、ぼろいし
バカばっかの大学だったけど
言って本当によかったと心から思います。
今回は短大の生活面、アカデミックではない部分について書いていきたい。
私が2年間過ごしたその大学では、キャンパス内に寮があるという素晴らしい立地条件
授業が行われるビルまで徒歩で2分という信じられない立地条件である。
9時からの授業でも8時50分におきれば間に合うのである。
1時間以上かけて通勤している今に比べたら何と信じられない環境だったことか
不幸にもこの環境に慣れ過ぎてしまったがために、帰国後、家を出て一時間以上かけて移動してなにかをすることがおっくうになってしまい、めんどくさがりになったような気がしないでもない。
さて、授業は一日4~6コマで
時々イブニングクラス(PM6時半~9時くらいまで)が行われていた。
それ以外は何をしていたかというと
自分は部活動と学生トレーナーをしていた。
元々スポーツを勉強するためにきたわけだから、自分がスポーツをしないという選択肢はないわけですね
最初は野球をやろうとしていました、というのは元々野球を高校までやっていたので、
本場アメリカで野球を楽しんでやろうと思っていたわけです。
選んだ大学は短大の中では全国レベルだったので、猛者が全米から集うわけです。
大学名はSpartanburg Methodist Collegeという短大である。
東海岸に大学がありながら、西海岸、中部、北部と色んなところから野球をしに学生発ちが集まってきた。
合同練習で2週間くらい一緒にアメリカ人と練習した後にトライアウト
浪人で鈍り切った体をトライアウトまでにはある程度完成させることができた。
ポジションは外野、セカンド
足や肩の調子も悪くなかった。
さぁ、トライアウトがはじまった。
走り込み、キャッチボール、ノック、守備
そして打撃練習、試合
打撃練習まではよかった
いけると思った
が、甘かった
打撃練習では力の違いに唖然とさせられた。
パワーが違い過ぎる
試合もね、、、、、、いや、無理、球あたらねー
150キロ近いボールがばんばん飛んでくるし、
見たことない変化球ばっかで、ボールに当てることすらできない状況
結果、不合格
当たり前やがな
スポーツ勉強しにきたのに、スポーツができないというのはありえん
翌日テニスの説明会→あっという間に入部
この落差はなんなんだ?
まぁそれはおいといて、テニス部にあっさりなりました!
ちなみに経験はほっとんどない状態で体育会テニス部に入りました(無謀)
練習は毎日2時間程度
シーズンがはじまると朝練いれて計3,4時間程度
筋トレは各自で任せるという状況。
日本と違って、メニューは全部自分らで考えるし、求めればアドヴァイスをくれるという環境。今まで自分が体験してきた日本のスポーツとは大分違っていた。
テニスの他にも、学生トレーナーも行っていた。
学生トレーナーは拘束時間が長いのと、実習にすごく時間がかかるもんだから
勉強、テニス、トレーナーの3つをバランスよくやることは辛いもんであった。
トレーナー活動は、テニス、サッカー、バスケ、バレー、ゴルフとすべてのスポーツのサポートを行っていた。
ケガの予防、トレーニングの補助、栄養などのケアなどなどである
そういう実習をしながら、スポーツの知識を手に入れ、自身のテニスに打ち込んできた。
初心者ではあったが、レギュラーをいただき、各大学との交流試合や、大きな大会にも出していただいた。
惜しくも地区大会には出場できなかったが、ここで必死でテニスの練習に励んだことで、その後の大学での生活がより一層楽しいものになれたし、日本でも多くの方々とテニスを通じて素晴らしい仲を築けている。
トレーナーとしても、自分の知識、経験でアスリートのケアもできたし、スポーツが嫌いな人はそんなにいないし、本当に今までにない人間関係を、この経験によって築けた。
1年生、Freshman yearの時の最初のルームメイトは黒人だった。
黒人だったからか、訛りがかなりひどくて、聞き取ることが困難であった。
意思疎通も困難であったし、性格もあわないということで、
2,3か月でルームチェンジになった。
その後、Mattew Morrisという野球部のエースと部屋をシェアすることになった。
毎日毎日部屋で筋トレするので、部屋はマジで汗臭い
女の子が部屋に遊びに来たときは、10秒でいなくなってしまうくらい、すげー臭い部屋であった。
ヘビメタを毎日大音量でききながら、筋トレをして、朝もヘビメタと共に起きる
しかも朝5時半
頭おかしくなるんじゃねーか?と思ったね。。。。。。
毎朝毎朝、キャッチボールの相手をしたが、球が速すぎて、重すぎて、手がパンパンに腫れ上がったり、グローブが壊れるなどのハプニングが続出した。
練習が終われば自分がマッサージしたり、ストレッチを手伝ったり、筋トレを共に行ったり
こんな生活が1年続いた。
こんなストイックな人間みたことなかったし、
正直楽しかった
しかし、突如別れが訪れた。
ドジャースとマイナー契約をすることになったのだ。
彼は大学を中退し、プロ野球選手になってしまったのだ。
冬休み、日本から帰ってきたときには、Mattは既に大学にはいなかった
でも、Mattから本当に多くのことを教えてもらった。
好きなことをやるのなら、誰よりも努力すべきだということ
人を気にしない、強い自分自身をもつこと
練習は裏切らない
アスリートとしての考え、ストイックさ、プロ意識
そういうものを学べた。
嬉しいことに今でも交流が続いている。
もしかしたら日本のチームに来るかもしれないと言われている。
そうなったらうれしいことだが、それは期待しないで待っていることにする。
Mattに出会ってから、人生観が本当に変わった
今まで環境のせいにしていたが、環境は自分の努力次第で変えられるし、
好きなことを生業にしたいなら、自分が満足のいくまで努力すること!
自分に負けないこと
いわゆるプロ意識というものを彼から教わった気がする。
おかげでその後の苦しい勉強生活も、テニス生活も、耐えられた。
全てMattのおかげだと今でも信じている。
このブログではとてもいいあらわせないが、
不便で、苦しい場所ではあったが、
この大学だったからこそ得られたものがあったと思っているし
ここにきて本当によかったと思えることがたくさんあった。
飯もすげーまずいし、
寮もトイレもシャワー室もくさいし、ぼろいし
バカばっかの大学だったけど
言って本当によかったと心から思います。
大学の授業@ゴルフ場
毎回ゴルフコース集合だからすっごい授業だった
毎週10ホールだからすごかったね!
懐かしい!
またアメリカ帰りたいな!
毎回ゴルフコース集合だからすっごい授業だった
毎週10ホールだからすごかったね!
懐かしい!
またアメリカ帰りたいな!
サマースクールが終わり、
本格的に大学入学
最初は二年制大学に入学した。
日本も短大を出ると、四年制大学に編入できるシステムがあるが、
アメリカでは多くの人間がこのシステムを利用する。
ここに主な大学の種類がかいてある。
http://www.fulbright.jp/study/res/t1-college05.html
大学院や希望する学部に入るために、
またスカラシップやいい企業に就職するためには
大学の成績であるGrade Points Averageを高くKeepしておく必要性がある。
一概にはいえないが、4年制大学に入る前に
2年制大学に入り、安い授業料と高い成績を維持することで
4大で志望する専攻に確実に入れるように、
また大学院にも進学できるように
Good companyに就職できるように日々成績に気を使うわけだ。
車の保険会社でも、GPAが高い学生には
割引がついていたり、社会的に優遇されることもよくある。
そのため、アメリカの大学は、総じて勉強する学生は多い。
というより勉強しない学生は知らぬ間に大学から消えている。
Kick out (退学)されるのである。
成績は(大学によって違うことがある)
A :90点~100点 4ポイント
B+:87点~89点 3.5ポイント
B :80点~86点 3ポイント
C+:77点~79点 2.5ポイント
C: 70点~77点 2ポイント
D: 60点~69点 1ポイント
F: ~59点 0ポイント
となっている。
これに各単位数を掛けて出した合計を単位数で割ってGPAが算出される。
例えば
①English Composition 3単位 B
②General Biology 3単位 A
③General Bio Lav 1単位 B
④Public Speaking 3単位 D
⑤Physical Education 1単位 B+
⑥Macro Economic 3単位 C+
⑦Computer Science 3単位 F
という成績がでたとする
①は3単位×3(B=3)で9ポイント
②は3単位×4(A=4)で12ポイント
③は1単位×3(B=3)で3ポイント
④は3単位×1(D=1)で3ポイント
⑤は1単位×3.5(B+=3.5)で3.5ポイント
⑥は3単位×2.5(C+=2.5)で7.5ポイント
⑦は3単位×0(F=0)で0
合計17単位で 38ポイント取得したことになる。
この38ポイントを17で割って
Grade Point Average = 2.23ということになる。
ちなみに大学を卒業するには
GPAは最低でもC以上なくてはならず、合計でCを切った場合は
卒業できず、途中で退学ということになる
そういう意味ではアメリカの大学生の勉強からくるプレッシャーというのは
すごいものであった。
大学によってはRetake(再履修)することで前の成績が消えるということもあるが、
自分が行った4年制大学はなかった。
一度Fをとると、自分のGPAを大きく傷つけてしまい、
その後のキャリアに大きな影響を及ぼしかねないのである。
どこにでも時々いる天才、秀才なら問題ないが、
確実にキャリアを積み上げていきたい人にとっては
2年制大学からGPAをきっちり高得点でKeepして
卒業→トランスファー(転校)したほうが無難である。
それに2年制大学と4年制大学とでは授業料もクラスの大きさも難易度もまるで違う
2年制大学の少人数の授業と教授やTeaching Assistantは、Internationalで英語に弱点があった自分には最適のサポートだと思った。
学費も4大に比べて半額以下だったので、安心して多くの授業をとることができた。
2年制大学でとれるだけとって、4年制大学では卒業するのに最低限の年数で卒業できるようならば経済的にもかなり助かると思われる。
最初の2年制大学は2年間で卒業したが、
単位は相当とれた。
一般教養をほぼ全てとれたので、その後転校する大学では専門に打ち込めた。
GPAも優秀とまではいかなかったが、3半ばをKeepできたので、トランスファーもスムーズに行えたのは嬉しかった。
主な一般教養として
English Composition 1,2, and Literature 9単位
Speech 3単位
Science(Bio,Chem,Phy)1,2 8単位
Art 3単位
Physical Education 2単位
Computer Science 3単位
Economic 3単位
Mathematics 10単位
History 3単位
Religion 3単位
その他 3単位
Selective 残り単位数
Total 64単位
が卒業するのに最低必要な単位であった。
ふりかえって思うが、しんどかった。
English composition(日本でいう国語みたいなもんか?)
に本当に頭を悩まされた。
Speechは勇気さえあれば乗り切れる
Scienceは日本から参考書を持ち込めば問題なし
Art、PEは余裕
Computer Scienceは黒人の先生だったためか、マジできつかった。
何言ってるか本当わかんなかった
Economicは、何故かBだった
Mathは余裕
Historyは、教授が一切板書しなかったので、友達がどれだけいるかがPassの決め手だった。
Religionはクリスチャン系の中学、高校だったので頭に入っていた。余裕
と苦しみながらもクリアはできた。
まじしんどいと思ってはいたが、その後味わう4大での苦しみの前に
2年制大学の授業はやさしいものだったなぁと後々思うのであった。
本格的に大学入学
最初は二年制大学に入学した。
日本も短大を出ると、四年制大学に編入できるシステムがあるが、
アメリカでは多くの人間がこのシステムを利用する。
ここに主な大学の種類がかいてある。
http://www.fulbright.jp/study/res/t1-college05.html
大学院や希望する学部に入るために、
またスカラシップやいい企業に就職するためには
大学の成績であるGrade Points Averageを高くKeepしておく必要性がある。
一概にはいえないが、4年制大学に入る前に
2年制大学に入り、安い授業料と高い成績を維持することで
4大で志望する専攻に確実に入れるように、
また大学院にも進学できるように
Good companyに就職できるように日々成績に気を使うわけだ。
車の保険会社でも、GPAが高い学生には
割引がついていたり、社会的に優遇されることもよくある。
そのため、アメリカの大学は、総じて勉強する学生は多い。
というより勉強しない学生は知らぬ間に大学から消えている。
Kick out (退学)されるのである。
成績は(大学によって違うことがある)
A :90点~100点 4ポイント
B+:87点~89点 3.5ポイント
B :80点~86点 3ポイント
C+:77点~79点 2.5ポイント
C: 70点~77点 2ポイント
D: 60点~69点 1ポイント
F: ~59点 0ポイント
となっている。
これに各単位数を掛けて出した合計を単位数で割ってGPAが算出される。
例えば
①English Composition 3単位 B
②General Biology 3単位 A
③General Bio Lav 1単位 B
④Public Speaking 3単位 D
⑤Physical Education 1単位 B+
⑥Macro Economic 3単位 C+
⑦Computer Science 3単位 F
という成績がでたとする
①は3単位×3(B=3)で9ポイント
②は3単位×4(A=4)で12ポイント
③は1単位×3(B=3)で3ポイント
④は3単位×1(D=1)で3ポイント
⑤は1単位×3.5(B+=3.5)で3.5ポイント
⑥は3単位×2.5(C+=2.5)で7.5ポイント
⑦は3単位×0(F=0)で0
合計17単位で 38ポイント取得したことになる。
この38ポイントを17で割って
Grade Point Average = 2.23ということになる。
ちなみに大学を卒業するには
GPAは最低でもC以上なくてはならず、合計でCを切った場合は
卒業できず、途中で退学ということになる
そういう意味ではアメリカの大学生の勉強からくるプレッシャーというのは
すごいものであった。
大学によってはRetake(再履修)することで前の成績が消えるということもあるが、
自分が行った4年制大学はなかった。
一度Fをとると、自分のGPAを大きく傷つけてしまい、
その後のキャリアに大きな影響を及ぼしかねないのである。
どこにでも時々いる天才、秀才なら問題ないが、
確実にキャリアを積み上げていきたい人にとっては
2年制大学からGPAをきっちり高得点でKeepして
卒業→トランスファー(転校)したほうが無難である。
それに2年制大学と4年制大学とでは授業料もクラスの大きさも難易度もまるで違う
2年制大学の少人数の授業と教授やTeaching Assistantは、Internationalで英語に弱点があった自分には最適のサポートだと思った。
学費も4大に比べて半額以下だったので、安心して多くの授業をとることができた。
2年制大学でとれるだけとって、4年制大学では卒業するのに最低限の年数で卒業できるようならば経済的にもかなり助かると思われる。
最初の2年制大学は2年間で卒業したが、
単位は相当とれた。
一般教養をほぼ全てとれたので、その後転校する大学では専門に打ち込めた。
GPAも優秀とまではいかなかったが、3半ばをKeepできたので、トランスファーもスムーズに行えたのは嬉しかった。
主な一般教養として
English Composition 1,2, and Literature 9単位
Speech 3単位
Science(Bio,Chem,Phy)1,2 8単位
Art 3単位
Physical Education 2単位
Computer Science 3単位
Economic 3単位
Mathematics 10単位
History 3単位
Religion 3単位
その他 3単位
Selective 残り単位数
Total 64単位
が卒業するのに最低必要な単位であった。
ふりかえって思うが、しんどかった。
English composition(日本でいう国語みたいなもんか?)
に本当に頭を悩まされた。
Speechは勇気さえあれば乗り切れる
Scienceは日本から参考書を持ち込めば問題なし
Art、PEは余裕
Computer Scienceは黒人の先生だったためか、マジできつかった。
何言ってるか本当わかんなかった
Economicは、何故かBだった
Mathは余裕
Historyは、教授が一切板書しなかったので、友達がどれだけいるかがPassの決め手だった。
Religionはクリスチャン系の中学、高校だったので頭に入っていた。余裕
と苦しみながらもクリアはできた。
まじしんどいと思ってはいたが、その後味わう4大での苦しみの前に
2年制大学の授業はやさしいものだったなぁと後々思うのであった。
初めてのアメリカ
英語なんかろくに話せないのによくいったと今本当思う。
若さというか、勢いって本当大事だなって思う。
サマースクールが始まった。
まだ入学に関するオリエンテーションをする前に即効授業である。
生活にも慣れておらず、
生活物資もほとんどない状態でのアメリカでの授業が始まった。
日本語で生活をする生活から
一気に英語で生活する環境へ、、、、、
高校の時の交換留学で一度体験済みとはいえ、
やはりしゃべれなくなっているもの
でも、まぁ、アメリカ人じゃなく、日本人だから
流暢じゃなくても恥ずかしがる必要ないよね!
勉強したいからアメリカ来たわけだしね!
当たって砕けろだよね
ひでー発音の中国人の友達がいたことが
自分を少し安心させてくれた。
幸いスポーツができるから、
一緒にサマースクールを受けていたアメリカ人の学生と
仲良くなることができた。
野球ボールひとつもっているだけでキャッチボールがはじまり、
どんどん人が集まってきて、誰かがグローブとバットもってきて
あっという間にベースボールが始まった。
この時ほど野球やっててよかったって思ったこともなかったなぁ
キャッチャーやってたから、球を受ける側に積極的にまわって、
投げる方を積極的にほめるとすごくご機嫌になるんだよね
そういう意味では最初、アメリカ人は単純だなぁと思ったけど、
言い換えればすっごい素直ってことなんだよね!
一緒に筋トレしたり、飯も一緒に食ったり、
みんなで車で外に出て、酒飲んだり(21歳まで未成年なので当然違法)、
ゲームしたり、スポーツや勉強も一緒にしたり
一つ芸があるだけでこんなに友達ができるんだなぁ~
こんなに生きやすくなるんだなぁ~
って思った留学一年目の夏でした。
英語なんかろくに話せないのによくいったと今本当思う。
若さというか、勢いって本当大事だなって思う。
サマースクールが始まった。
まだ入学に関するオリエンテーションをする前に即効授業である。
生活にも慣れておらず、
生活物資もほとんどない状態でのアメリカでの授業が始まった。
日本語で生活をする生活から
一気に英語で生活する環境へ、、、、、
高校の時の交換留学で一度体験済みとはいえ、
やはりしゃべれなくなっているもの
でも、まぁ、アメリカ人じゃなく、日本人だから
流暢じゃなくても恥ずかしがる必要ないよね!
勉強したいからアメリカ来たわけだしね!
当たって砕けろだよね
ひでー発音の中国人の友達がいたことが
自分を少し安心させてくれた。
幸いスポーツができるから、
一緒にサマースクールを受けていたアメリカ人の学生と
仲良くなることができた。
野球ボールひとつもっているだけでキャッチボールがはじまり、
どんどん人が集まってきて、誰かがグローブとバットもってきて
あっという間にベースボールが始まった。
この時ほど野球やっててよかったって思ったこともなかったなぁ
キャッチャーやってたから、球を受ける側に積極的にまわって、
投げる方を積極的にほめるとすごくご機嫌になるんだよね
そういう意味では最初、アメリカ人は単純だなぁと思ったけど、
言い換えればすっごい素直ってことなんだよね!
一緒に筋トレしたり、飯も一緒に食ったり、
みんなで車で外に出て、酒飲んだり(21歳まで未成年なので当然違法)、
ゲームしたり、スポーツや勉強も一緒にしたり
一つ芸があるだけでこんなに友達ができるんだなぁ~
こんなに生きやすくなるんだなぁ~
って思った留学一年目の夏でした。






