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K`s Diary and Report

感じたこと、伝えたいこと、表現したいことをありのままに

小さいころに太っていたというのもあってか、
自分の体重は変化しやすい


学生の頃にがっつりスポーツをやっていたおかげで
常にがっちり体型を維持できていたが、
勉強やら仕事が増えてくると
トレーニングに費やす時間が必然的に減ってくる。



食べ物もそこまで気を使っていなかったというものあって、
スポーツしなきゃあっという間に太る。


大学受験前は、勉強対部活の比率は1対9くらいだったが、
大学受験を真剣に考える高2の後半から段々と勉強の比重が高くなってきた。



高3、浪人時期は徹底的に勉強して、スポーツはあえてしなかった。
そうしたらみるみる筋肉がぜいにくに変り、10キロ以上増



大学時期はこれでもかというくらいスポーツしていたから、体重はもとに戻った。
しかし就職してからというもの、スポーツする時間がとれず、また体重増



仕事も外食にかかわる仕事ということもあって、
勉強のために外食をしていたことがたたってあっという間に10キロ以上増



環境の変化、生活の変化でそれまでの食事のバランスを考えるべきだったにもかかわらず、ストレスを言い訳にして食いまくってしまったのが、本当に悔やまれた。



体重が増えると、ほんとにしんどい。
体力もすごく落ちるし、何より全盛期の運動量から大幅に下がるから
大好きなスポーツがイライラに変わる。


これは本当に悲しかった。



今はどうにかジムやテニスで体重を削れて、またキープできているが、
また忙しくなったときのために、今から生活を変えていく必要性がある。




週3回以上の運動
食事も1日5,6回 それぞれ少食にして
夜9時以降は食べない




これを鉄則としてがんばっていこう!




あと4キロ痩せれば全盛期と同じ体重!




テニス強くなるために頑張るぞ!!


無酸素運動→有酸素運動

大きい筋肉を積極的に鍛えることで代謝を上げ、
効果的なトレーニングを心掛けよう!
アメリカの大学の入学が決まった。
入学は夏からなので、春から英語だけを学びに日本にある語学学校で準備



英語だけを勉強した日々は正直苦痛だった。
ただ英語だけを勉強するというのは本当難しかった。
大学受験の時の5教科を学んでいた時は辛かったが、気分転換になっていたんだな
と当時ひしひしと感じた。



何人か一緒の時期に渡米して大学に入る人もいたが、
どうもやる気ない人、なぁなぁな感じというか、、、、




大学受験などの勉強を全くせずに、アメリカの大学にいくという人との
意識の差が激しく大きかったように思える。



自分は高校で一度カナダの交換留学を経験していたおかげで
大体どんな生活がまっているのかがイメージはできていたので
準備はできていたが、、、、、、



一緒の時期に勉強していたクラスメートのほとんどが
英語すら勉強せず、遊びほうけていたのを見ていたのを脇で見ていて
正直唖然とした。



遊んでいる人の方が大多数を占めて、まじめに英語の勉強をし、趣味をつくったり、体を鍛えるのに必死だった自分と、そのクラスメートたちとでは温度差がすごかった。



でも、自分は絶対に間違っていないという信念の元、
妥協せず全力でその半年間を過ごせたと思う。
他にも一緒に勉強している人もいて、時々話すことはあったが、
孤独なものを感じて辛いなぁと思うことはあった。





高校まで体育会系(野球)で運動漬けだったが、

高2から運動6勉強4
高3で運動1勉強9
浪人で勉強10


の割合で段々と勉強にシフトしたおかげで
勉強する癖みたいのができていたのはよかった



おかげで体は贅肉だらけになったが、
その贅肉もアメリカにわたる前の数か月で軽く10キロくらい走れるくらい絞れた



受験で10キロ増したもんだから
自分の体じゃないみたいだったが、
渡米するころにはボールもきっちり投げれるようになっていたし、
自分がイメージできるくらい走れるようになっていた。




そして
7,8月のサマースクールという
夏休み時期の集中講義に出るため渡米



飛行機の隣の席の人が黒人

CAも白人


ほとんど誰も日本語をしゃべれない飛行機の中で
不安と期待が頭の中を錯綜しながら、成田を発った。




19歳の夏、自分のアメリカでの挑戦が始まった日でした。
アメリカの大学の留学から帰ってきてはや数年


帰国当時はもはや日本人にはなれんと思ったが


意外に馴染んだ!


時が解決するってこのことなんだろうなぁ






留学を決意したのは浪人中。



兄が大学生だったころに、兄についていき、授業をもぐりこんだが
寝ている人、出席数が多くない授業、とくにやるきがあるわけではない教授に
愕然したことがきっかけ。



無論その授業だけなんだろうけど、
熱心な教授や熱心な学生がつくりだす授業もたくさんあるだろうが、
当時の自分に、兄が見せてくれたその授業に一種の絶望感を味わった。



兄がいっていた大学は、自分が第一志望として見ていた大学で、
自分なりにはこれでもかというくらい努力はしたつもりではいたんだが、、、、


その行く先がこれか、、、、と思うと急に熱意が冷めてしまった。。。。。





ぶっちゃけ、勉強したいことがあるという理由でその大学を選んだわけではなく、
その大学に入りたいという動機で勉強していたから、

まぁ、、、、何とも、、、、、、ね





ん~、じゃあ自分は大学に何を求めているんだろう
どんな大学生活なら自分は満足できるのかな?

と考えた時に、


1、自分だからできたんだぁ~っという大学生活にしたい
2、好きなことを思いっきり勉強したい
3、日本を飛び出したい







など、これができたら幸せだろうなぁと
ブレインストーミングしては、紙に列挙して




何なら四六時中勉強していても苦じゃないかな??




と考えたところ










スポーツ!!


という結論に至った。








大学入ったら絶対留学する!と思って浪人中にひたすら英語を勉強していたけど





別にそのままアメリカいって入学してもいいんじゃね?





ってことで軽い気持ちで留学を決意。



(今は亡き)エージェントに大学探してもらって、

2年制大学で、スポーツが強い大学を選んでいただき、

英語のスコアをとって(当時のTOEFLで450くらいだから、うんこスコアだね笑)、
願書を送った。




もちろん受かる自信というか、受かるはずねーだろうとは思って願書を出した。

軽い気持ちだから、もちろん日本の大学受験の勉強はしていた。

日本の大学いきながら、アメリカいこう!

と内心諦めかけて、日本の大学受験へ、、、





結果





日本の第5志望まで全部落ちた。


行きたくない滑り止めしか合格していなかった





そして

アメリカの大学が何故か受かっていたビックリマーク







はははは!

もうアメリカいこ!!

と半分やけくそでアメリカの大学の入学を決意しました!
人に伝えることがある、伝えたいことがある



中学から親元を離れて寮生活をし、
大学は単身アメリカへ、
アメリカを方々へ旅しながら大学生活をおくり、
カリブ海やヴァージンアイランドにいったり、
アメリカ縦横断


帰国して、就職活動し
会社に入る前にヨーロッパを3か月間一人旅をして
入社5日前に帰国。
営業マンやりながらも他企業の方々や世界各国の人たちとつながりを持てている




そんな毎日感謝をしながら生きている日々です。



単身アメリカにいかせてくれた親の懐の広さに
行く先々で出会った親切な方々に、
自分の行動や考えに共感、賛同してくれる同志に、
自分を導いてくれた大恩ある方々に、


ただひたすら感謝である。




振り返ってみると今自分が経っているこの場所は、
多くの方々の助けがあって初めていられる場所であることに気づかされる。



人生の岐路に立った時、
多くの方々から人生を決めるに必要な情報をいただいた。
その情報なくして、アメリカで、ヨーロッパで、また日本で
毎日を苦しみながらも楽しく過ごせている。
希望を持って生きていけている。



まだ自分が発することができる情報は少ないかもしれない
でも自分が発することで必要としてくれる人のニーズを満たすことはできるかもしれない
ほんのちょっとだけど人生をいい方向に動かすことができるかもしれない



そう信じてブログ書いてみようと思う。



MIXIも、Facebookもやってはいるけど、
もっと広く情報を発信しようと思い、このブログを始めました。



楽しく、でも真剣に書いていこ!!



あつくるしいオープニングブログになっちゃっったなぁ

まぁいいや!