アルパのマクロスイターの描写にやられて、アルパに夢中だった頃、50ミリのF1.8と F1.9だけだと思っていたマクロスイターに50ミリF1.4があると言う。おまけに26ミリF1.1 !と75ミリF1.9もあると言う。その割には付いてきた値段がずいぶん安いなと思ったが、喜んで購入した。来たのはスーパー16ミリ用カメラ、ボレックス用のCマウントのムービー用マクロスイターだった。

 

それから30年。その3本がお似合いのボディに出会い、マルチクロップで使えるのが嬉しい。

 

Kern Macro Switar 26mm F1.1

Kern Macro Switar 50mm F1.4

Kern Macro Switar 75mm F1.9

QBMマウントのツアイスレンズ

 

オールドレンズで非常に人気があるレンズに1975年から販売されたヤシカコンタックスのカールツアイスレンズがあります。初期はドイツ製で途中から日本の富岡光学製になります。

 

これらヤシコンのレンズは独自の設計ではなく元ネタがあります。1970年にローライ社が出した35ミリ一眼レフSL35のためにカールツアイスが設計、製造した15ミリから200ミリのレンズ群がそれで、ローライ独自のHFT(High Fidelity Transfer)コーティングが施されていて、マウントも独自のQBM(クイックバヨネットマウント)です。初期は西ドイツ製のカールツアイスで、シンガポールに工場が移転してからはシンガポール製カールツアイスになります。シンガポール製の後期の鏡胴はヤシコンそっくりですので、こちらが流用されたと思われます。

 

QBMマウントはフォクトレンダーの一眼レフ、VSL1にも採用されていて全く同じドイツ製とシンガポール製のカールツアィスレンズがフォクトレンダーネームであります。これはツァイスイコンがカメラ事業から撤退する際に、イカレックスシリーズの最終機SL706の製造設備をフォクトレンダーの商標と共にローライに譲って、ローライSL35のツアイスレンズとフォクトレンダーVSL1のフォクトレンダーレンズが並行して販売されたためです。これらの中でプラナーとカラーウルトロンの50/1.8と50/1.4は、オールドレンズで人気の高いイカレックス用のM42レンズ、凹ウルトロン50/2を改良したものと言われています。ローライのツアイスレンズ、ヤシコンのツアイスレンズは共に優秀です。ローライのツアイスレンズの方が知名度、人気共に低く、まだ安価です。

 

フォクトレンダーVSL1にはM42マウントとQBMマウントのボディが存在しましたので、フォクトレンダーネームのツアイスレンズにはM42マウントのレンズも存在します。

 

後期にはローライSL35のレンズもフォクトレンダーのレンズも日本製になります。SL35のレンズはローナイナーという名称に統一され、フォクトレンダーは独自の名称が引き継がれますが同一のものです。これらの単焦点レンズはマミヤ製、ズームレンズはトキナー製とシグマ製だという事です。

 

近年、マミヤの35ミリ一眼レフ用M42マウントのマミヤセコールレンズのいくつかが富岡光学のOEMだったという事が分かってきました。なので、マミヤセコールに鏡胴までそっくりな後期QBMマウントのローライナーやフォクトレンダーレンズの一部も富岡光学のOEMだった可能性があります。カールツアイスの富岡光学への信頼度は相当高かったものと思われます。

 

Carl Zeiss Planer 50/1.4 HFT QBM mount Made in Germany.

Carl Zeiss Planer 50/1.4 HFT QBM mount Made in Singapore.

Voigtlander Color Ultron 55/1.4 AR QBM mount Made in Japan.

今ではソフトレリーズボタンのライカ純正のものが売られているが、私の知る限り最初のソフトレリーズボタンは昔の輸入元のシュミット商会が作ったSL(シュミットライカの頭文字)ボタンだと思う。今ではオリジナルはヤフオクで高く取引されているようです。

 

30年ほど前に自分の頭文字のSTボタンを30 個ほど作ってもらって持ってるカメラ全てに付けていた。皆SLボタンだと思って疑わないようだった、笑。

 

レリーズをつけるネジに付けるので、今のデジカメには付かないけど、ライカデジタルには相変わらずねじ穴があるので付けられます。

左がSLボタンで、右がSTボタン。

オールドレンズのオーソリティ、澤村徹さんのお誘いでライカ会なるものに行ってまいりました。元々、写真家のコムロミホさんがプライベートで始めたもので、今回より雑誌カメラホリックのホビージャパンが協賛、代々木のホビージャパンの本社で行われました。

 

集まった人達はデジタル時代の若い人が中心でしたので、デジライカの他にM3黒塗りビット付きと軍用オリーブM3を持っていったら、見たこと無いようで大変珍しがられました。

 

デジタルライカの人気は相変わらずですが、昔のフィルムライカも黒塗りライカだけの本が出たり、オリジナルMPがオークションで一億円を超えたりと新旧ライカの話題は尽きませんですね。

フィルムライカ時代は2台持ちで片方にフィルムを詰め、片方には詰めない。ライカは写真機であり愛玩物だから、時々巻き上げてピントを合わせ空シャッターを切って感触を味わうためだ。フィルムライカを使った人なら空シャッターの感触の楽しみを知っているはずだ。人にライカを触らせてシャッターの感触を味わってもらったりする。これでライカにハマった人もたくさんいる、笑。

 

デジタルライカではフィルムカメラと二台持ちでフィルムは入れない。写真はデジタルで、感触はフィルムライカで味わう。フィルムライカは交換レンズのホルダーとなる。そして時々フィルムを入れて撮ってみる。デジタルとは違う集中度が味わえる。デジタルライカは露出計になる。この時36枚一気に撮ってしまう。フィルムを残したままだと空シャッターの悦楽が味わえないからだ。

 

フィルムカメラはオリジナルブラックペイントのM2、M3、M4を複数台づつ持っている。フィルムカメラで今日のボディを選び、デジタルで今日のレンズを選ぶ。

 

デジタルでは撮った写真はすぐチェックできるので、レンズの描写の違いがよく分かるし、フィルム時代と印象が違う事も良くある。よく写らないぼけレンズの描写も楽しめる様になった。50本以上あるライカマウントのレンズ、毎日がレンズテストだ。

 

 

代官山と青山で英国の骨董専門店をやっていた頃、英国の田舎町巡りが楽しみだった。町には必ず骨董屋が数軒はありその町の生活に密着した骨董、というより古道具を扱っていた。こっちの密かな目的は古道具の仕入れの他にダンヒルのオイルライターやパイプ、ロレックスの古い腕時計だった。

 

その他の楽しみとして町には必ず1〜2軒、古くからやっているカメラ屋があった。ウインドウには安物の日本製カメラがメインに飾られていて、時々ライカバルナックや古いドイツ製のカメラ、8ミリ映写機などが隅っこに置かれていた。古いレンズがあるかと聞くと棚に造りつけの引き出しを重そうに引きずり出し、勝手に見ろと引き出しごとドンとカウンターに置いた。そこには古いM42レンズやイクザクタのレンズ、Cマウントレンズなどのシネレンズがゴロゴロと入っていた。最初はカールツアイズのレンズが沢山あるので驚いたが、聞いてみるとそれは東ドイツ製だという事だ。値段を聞くとこれ以上安くは出来ない値段で、何十年もここに置かれていて、頼むから持っていってくれという感じだった。こっちは東ドイツでもツアイスはツアイスだとウハウハ言いながら買ったものだ。当時はアルパのカメラに凝っていて、アルパ純正のアダプターでこれらのレンズが全て使えたのだ。その後、キャノンのイオスに付けてよく使ったが、今ではミラーレスでこれらの古レンズが使えるという事でブレークして、ライカレンズ、コンタックスレンズと並んで一大オールドレンズブームの主役になっている。

初めてライカを買ったのは30年以上前、レンズはズミクロン 派でシャープでキリッとした写りが好きだったが、ここ15年くらいシネレンズばかり使っていたら目が変わってしまって、ライカMP240を買って以来、手持ちのレンズを発掘、手入れして使っているが、今はズミルクス35/14初期玉の開放滲みボケにハマっている。昔はずいぶんフィルムを無駄にして、こんなレンズダメだと思っていたが、取っておいてよかった。今じゃ買えないもんね。

 

Summilux35/1.4