エビちゃんバブルにみるマスコミの弱体化 | RR25

エビちゃんバブルにみるマスコミの弱体化

右も左もエビちゃんである。


ファッション誌はもちろんCM、ドラマと大活躍だ。


確かにものすごく美人だから、ファッション誌で着用した服が飛ぶように売れるのも理解できる。しかしちょっとその加熱ぶりは度が過ぎていないか。


マスコミは世間が注目するものを起用するから、エビちゃんを起用することがもっとも世間を集めると判断されているのだろう。


株式市場が、あるときを境に急上昇するように、芸能人人気(正確にはマスコミへの露出)もあるときを境に急に増える。境とはこのタレントを使えば間違いないと判断されるときだ。


最近では長澤まさみもそう。


邦画が公開されれば2本に1本が出演作のような印象さえ受ける。確かに魅力的だから人気もあるし、実力もあると思う。しかし、あまりに多くの露出が映画作品の新鮮さを失わせている気がしてならない。


CMでも注意を惹くために人気タレントを起用しているのに、あまりに出演CMが増えすぎて逆に埋もれてしまうことがある。そうなると、商品の広告でなく、タレントの広告になっている。


テレビ番組の視聴率が全体的に低迷しているといわれているから、人気タレントや人気コンテンツにぶら下がる傾向がさらに最近強まっている。


エビちゃん、長澤まさみ、踊る大走査線シリーズ、24・・・


コンテンツビジネスは放送局のメインビジネスだから、ヒット作で稼げるだけ稼ぐのは理解できるが、最近のエビちゃんや長澤頼みにはちょっと不安になる。まるで二人がたらすくもの糸にマスコミが群がるようだ。


最近特にマスコミの弱体化を感じたのはフジテレビはかつての「古畑任三郎」を再放送したときだ。リメイクでもスペシャルエディションでもなく全くの再放送。しかも21時というゴールデン枠。


現在のようなテレビの無料放送垂れ流しシステムはもうきしみ始めている。無理にコンテンツを作ろうとするからそうなるのだ。


コンテンツ供給側が自信を持って提供できるものをオンデマンドで提供していくようになるのに時間はかからないだろう。それがコンテンツ供給側、ユーザー双方にとってベストな方法だからだ。