今日は高校二年生の時の出来事を書きますが中学生から高校二年生まで続いてるので全部まとめて書いていきたいと思います。
アップの順番とかおかしいけど全部の記事を読んで繋げて頂ければなんとなくわかると思うのでよろしければ最後まで読んでほかの記事と照らし合わせてください┏oペコ


まずはじめに私の家族は妹(三つ下)、自分、母親、父親の四人家族です。
父親と母親は28歳差(母親と私は23歳差)で父親が28歳、歳上でした。
父親は再婚で前妻との間に子供が三人いて全員私の母親よりも歳上でした。
母親は小さい頃に色々あり男性恐怖症だったのですが父親は大丈夫だったらしく当時は父親はすごい金持ちで母親は若かったので傍から見たら金目当てか親子のように見られてたと思います。
はじめはただの愛人みたいな関係だったのですが母親は結婚しようと思っていて私が出来たので結婚することになります。
母親が男性恐怖症になったのは母親の父親のせいで虐待などが酷くそれで男性恐怖症になったらしく母親の母親は離婚して母親は母方についていくことになります。
僕が生まれた時にはおばあちゃんは既に再婚していてほんとのおじいちゃんではなかったけどとても優しく私はすごいおじいちゃん、おばあちゃん子でした。
前置きはこんなところにしといての話に戻ります。

中学二年生の時におじいちゃんが癌になり亡くなってしまい、その後すぐおばあちゃんが癌になり父親も精神的におかしくなっていて大変だったけど俺はいいから最後まで母親の面倒を見ていいよと言われて母親はおばあちゃんの看病の為おばあちゃんの家に一緒に住むようになります。
中学二年生の頃とゆーと私がまだやんちゃしてた頃なので妹も逃げるようにおばあちゃんの家に一緒に住むようになりました。
それで父親とは2人で暮らしていて父親は倒産のこともあり精神的におかしくなっていて年齢もかなりいっていたので私には何も言ってこなく、私もほとんど家にはいませんでした。
そんな生活が高校一年生の最初くらいまで続きおばあちゃんが亡くなってしまいます。
ほんとに大好きだったのですごくショックだったのですが、ほんとにショックだったのは母親がすごい落ち込んでいて放心状態になっていたのが1番ショックだったかもしれません。
この頃はまだやんちゃしていたけど母親のあんな姿を見たらさすがにこれじゃまずい、何やったんだろ俺と思い少しづつ自分の中でも変化があり前の記事でも書いたのですが勉強が楽しいのは楽しかったんですが少しづつ更生するきっかけになったのはこれも一つあって仕事を頑張ったりしたのもこれがあったからかもしれません。
それから母親と妹が家に戻ってきて父親の変化に気づきます。
神様のイタズラか悪いことは続きます。
自分と父親2人の期間がながく私はやんちゃしたり更生して働きだしたり学校頑張ったりなどほとんど家にいなくいても父親の事を考える余裕がなく父親が具合が悪いことに私は全然気づいてなく帰ってきた母親はそれに気づきます。
嫌がっていた父親を私と母親で病院に連れていきいろいろ検査をさせてみたところ父親も癌でした。
ステージは既に4の末期で余命3ヶ月と告げられます。
よくドラマとかでもありますがあれはオーバーではなくほんとに崩れ落ち、こんなことになってからでは遅いのですが私はほんとに後悔します。
たぶん父親は会社も倒産したし死のうとも何回もしてたので具合悪いのもわかっててほんとに辛かったけど我慢してたと思います。
そこからの自分は何してあげられるだろうと考え、この頃はもう二年生になっていたので学業を頑張り、生活保護を貰っていたので慰謝料はかからなく前の記事でも書いた通り仕事をやめなければいけなかったのですが、なんとかしてお金を稼いで俺が家を支えようと思います。
父親は手術しないで、もー死ぬと言っていたのですが母親と私で説得させなんとか手術をさせて抗がん剤とかも使い余命3ヶ月と言われていたのが半年が過ぎます。
その頃になると自宅療養になりこーなってからでは遅いけど私は自分の精一杯で父親孝行をするようになりました。
気づけばもう余命報告をされ9ヵ月がたった頃事態が急変します。
恐れていた癌の転移がみつかり父親はまた入院生活が始まります。
それでも運命には逆らえず父親自分が二年生の時の12月14日に亡くなりました。
この時のことは今でも忘れません。
朝方に病院から連絡がありすぐ病院にきてくれと言われ母親と自分の2人で病院にすぐ行きます。
病院に着いた時はまだ意識がありそこで父親が母親にお前と結婚してほんとによかった、いろいろあったけど最後まで一緒にいてくれてほんとにありがとうと言ってそれが父親の最後の言葉になります。
家がこんなことになったし前妻などからお金目当てだなどいろんなことを言われたので別れて再婚できるくらいの若さがあったのに別れないで最後までちゃんと面倒をみてほんとにすごいなと思うし尊敬します。
母親はいままでこんなよーなことを言われた事がなくいろいろなことがあったけど最後の最後にこんなことを言われてほんとに良かったと思います。
そこからは前妻との子供にも男がいてそちらの方が私より全然大人でやはり向こうが全部取り仕切りたいと言ってきたのですが倒産して疎遠になってたし最後までちゃんと面倒をみたのは自分達なので葬儀などお墓は全部私の名前でやりお墓も私が受け継ぐことにします。
お墓は本家で大変だけど母親のサポートもあり若いなりに精一杯頑張り葬儀も一生懸命頑張りました。
喪中が三年続いたりほんとにいろいろあった二年生編はおおまかにゆーとこんな感じです。

長くなったし内容がハチャメチャでアップの順番もめちゃくちゃですけど最後まで読んで頂いた方々ありがとうございます┏oペコ

わからないことなど感想などありましたら是非コメントおねがいします┏oペコ
コメントは全部に目を通しているので返せる時に返したいと思います。

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