安定の尻尾ばかり追い求めた結果、自分らにはもう時間が無くなっていたなんて笑い話にもならない。
「生きる」という事は「リスクを覚悟する」ところから始まると思う。
少なくとも思い出だけは残る。


玄関で靴を履こうとかがんだ瞬間、胸ポケットに入れておいた水晶の結晶がタイル地の床に落ちて割れた。
綺麗な金属音が響いた。
割れた水晶はいくつかの破片になり、それぞれが太陽の光を反射し、七色のスペクトルを放射してキラキラと光った。
彼女はその一部始終を見ていた。
何か言うかな、と思ったが、彼女は何も言わなかった。
その日は海に行ったのだが、デートの最中彼女は殆ど話をしなかった。
浜辺に座り夕陽の沈む海を眺めながら、気が付くと彼女は静かに泣いていた。


その水晶は海外で鉱物の採掘をしている友人からもらったものだった。
懇意にしてもらっている僧侶にその石を見てもらったら、まだ幼い小人が住んでいるというお告げを頂いた。小人はたまにいたずらをするだろうけれど、あなたを好きだと言っている、と僧侶は教えてくれた。
俺は小さな神棚を作り、水晶を祀った。
僧侶に言われたとおり、小人の好みそうなお菓子をお供えした。

「小人さん、遊んで欲しいかな」

水晶を透かして眺めながら、彼女はとても優しい顔をしていた。
わたしが一人で部屋に居るときには出てきてね、遊んであげるからね、と語り掛けて、そしていつまでも空中に透かして見ていた。
それから彼女は何かにつけて水晶片手に小人さんとお話をしていた。
彼女曰く、それは決して独り言ではなく、小人さんとのお話なのだ。
風呂に入っては小人を排水口に流し、橋を渡れば橋の真ん中あたりで川に突き落とし、バーに出かけるとグラスの中に溺れさせた。

「あんまりいじめると小人さん、出てこなくなっちゃうよ」

「いじめてるんじゃないわよ、遊んであげているの」

「なんでいつも溺れさせようとするんだ?」

「小人さんは泳ぎが下手なんだって」

「それじゃ死んじゃうよ」

「大丈夫だよ、だって小人さんは魔法が使えるんだよ」

「でも、いくらなんでも風呂の排水口に流すのはかわいそうだろ」

「うわー!って流されてくるくる回りながら排水口に吸い込まれていくんだよ?ちょーかわいくない?」

「それ、かわいいのか?」

「かわいい子には旅をさせなくちゃ。広い世界を見て、海まで流されたらきちんと帰ってくるんだから。ちょっとした旅行よ。もし海まで遠くて、一人ぼっちで川にぷかぷかと浮かびながら星をかぞえるのも飽きちゃったら、泣きながら飛んで帰ってくから心配してないわ」

「帰り道が分からなくて帰ってこれないかも知れないじゃないか」

「大丈夫よ、水晶のおうちはここにあるんだから。お土産にお魚を持って、ちゃんと帰ってくるわよ。だから明日あたり晩御飯はお魚ね」

「じゃあ、小人は喜んでるの?」

「あたりまえじゃない!喜んでるよ。小人さんとあたしは超なかよしさんだもん」

「じゃあいつか、小人をつれてみんなで海に行こう」       彼女とはその後間もなく別れた。何が原因だったのかよく分からないが、小人が居なくなってしまったのも、その原因の一つだろうか。