恭子の夢は山羊を飼うことだった。山羊なんか飼ってどうするのか尋ねると
「チーズを作るのよ」。
山羊を飼う人はたくさん居る。沖縄に行けば、人間の数ほど山羊が居るだろう。それは、山羊を食う文化がそこにあるからだ。でも、山羊の乳が欲しくて山羊を飼う人は、俺の身近には存在しない。だって、山羊の乳を買えばいいだけの話じゃないか。
それを聞いた恭子は「あんた、分かってないわねぇ」とでも言いたげに、眉間にしわを寄せる「困ったふう」の顔で微笑んだ。
「じゃあ、山羊のお乳って、どこで売っているの?」


俺は彼女の「困ったふう」の笑顔が好きだった。それがなんでだかずっと分からなかったけど、彼女が居なくなって、分かった気がする。彼女との情事の思い出は、どんなプレイをしたか、とか、何回イッたとか、忘れてもいい様なことを鮮明に思い出させる。それは、濃密な、特別な時間だった。とりわけ、彼女の「困ったふう」の笑顔・・・裸にされ、緊縛された彼女は、抵抗出来ない状況で最も感じる部分を触られて、気持ちいいのと恥ずかしいのとで「困ったふう」の照れ笑いをした。
それから彼女の「困ったふう」を見るたび、俺は密かに勃起した。
俺はあの「困ったふう」を見たくて、彼女と会っていたのかも知れない。



チーズを作る理由は?
別に本気で「チーズを作る理由」が知りたかったわけではない。チーズの話など、どうでも良かった。話が尻切れトンボになるのが嫌だったから、いわば、その先の話題に繋がる材料を探していたのだ。
だが、期待とはうらはらに「その先に繋がる」材料など見つからなかった。
「チーズが好きだからよ」
「それだけ?」
「うん、それだけ」
「じゃあ、チーズを買ってくればいいんじゃないか?」
「それって何が楽しいの?じゃあ、セックスをする理由は?子供を作るため?そうじゃないでしょ?」
そしてまた困ったふうの笑顔。