お盆時期の酷暑の中、あてども無い営業活動を続けていると「俺何やってるんだろう」と、自分の存在に疑問を感じてしまう瞬間も間々ある。
終点の見えない、完成形の想像出来ない、漠然とした不安だけが募る自我。
世間は夏休みで、街中は異様にひっそりとしていた。
こんな中、営業活動をしたところで、素晴らしい契約が結べるわけでもないだろうに、でも俺たち下っ端営業マンは、成果の無い以上、休むわけには行かなかった。



あまりの暑さにのどが渇き、道すがらの公園の水道で水を飲もうと蛇口をひねる。
太陽が照りつける。照りつける。
誇りっぽい地面に飛沫が飛び散り、たっぷりと水を吸い込み黒いシミになる。くっきりとしたコントラストだ。
息つく間もなく水を大量に飲み、呼吸の為に天を仰ぎ見ると、日光のまぶしさにくしゃみが出た。
背中をつたう汗の感覚がそうさせたのか。
ツーンとした後味のまま、しばし天に目をやっていると、ひとひらの蝶々が飛んでいるのが見えた。
俺の周りをグルグルと飛び回る蝶々。俺の周辺から離脱しようとしない不自然な挙動の蝶々。
羽はふちが黒く、中央が青い。最近はアゲハ蝶よりも、この蝶を良く見かける。
ふと地面に目をやると、同じ種類の蝶々が黒いシミの部分に着地しており、なにやら水を飲んでいる。
頭上の蝶々、足元の蝶々。
ははーん、この二匹は恋人同士なんだな、きっとそうに違いない。
地面に着地し、水をすすっていた蝶々が飛び立つと、空中のもう一匹がその後をついて行った。
二匹の飛び方はまるで婚礼パーティの輪舞だった。
夏なんて短いのに、よくこそあの二匹は元気に踊るものだ、たかの知れた短い虫の命なのに、と、先ほどまでの重苦しい気分から開放された俺は、先の不安に身を投じる事の無意味さにはたと気付いた。
蝶の輪舞のおかげだ。
今を一所懸命生きている。
よし!
俺も歩き出そう。



行く先々で蝶を見る。
外回りの営業を始めてみると、これまで外に出ていなかった分、蝶の存在が気に掛かる。
夏とはこれほどたくさんの蝶が飛んでいたものだったのだろうか、と改めて感じる。
きっと違うのだろうけど、思い過ごしかも知れないけれど、彼らは俺に「がんばれ!がんばれ!」と、か細い声で声援を送ってくれている様で嬉しい。
彼らの存在が嬉しい。
大洋を行く船の前を踊るように進むイルカの群の如く俺の周囲を飛びながら、俺の歩みとランデブーする蝶たち。
お盆時期という事もあり、それらの飛行は、遠い先祖や志半ばで失われた親しかった者たちの魂、遠い誰かの案じる気持ち、そんなイマジネーションで俺の中に入ってくる。
入ってくる。
取るに足らない小動物たちは、俺をしてもうちょっとがんばって歩いてみようという気持ちを揺り動かす。