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妻が朝5時半からミルクを作っている。ミルク、つまりこれは、赤ん坊の飲む、一般的によく知られた「粉ミルク」である。息子は朝起きると「ミルクを飲ませろ」とばかりぎゃあぎゃあわめくのだ。

朝っぱらから大声で泣かれては近所迷惑と、妻はものすごいスピードでミルクを作る。

彼の人生は既に1歳を超え、上下に歯が生えて、食事だって大人と同じものを食べるまでになったはずのに、朝一番のミルクがなければ一日が始まらないらしい。

さっきまで大粒の涙を流しながら「ミルクを作ってくれろ」と大声で訴えていた幼い息子は、ミルクを手渡されるや今までの嗚咽を嘘のように引っ込め、一気にミルクを飲む。

一気に、というなら、ほんとうにひと息もつかず全て飲んでしまう。

飲んでしまえば、大人しくなる。

これを我々大人が「幼子の愚かな行い」と、簡単に笑えるだろうか。誰しも少しは覚えがあるだろうけれど、そもそも人間という生き物は、習慣からは逃れられない性質を、死ぬまで持ち続ける生物なのだ。

彼の幼い人生には、ミルクという習慣があった。それだけのことである。

どこかで思い切った破壊活動がなければ、我々は習慣に縛られて生きるしかない。

いずれ息子は朝の粉ミルクをやめる時が来るだろう。何がきっかけかは分からない。たぶん、味わいの趣味が変わった、とか、ミルクを飲むことを友達に笑われた、とか。

我々にも彼と同様、いずれやめるだろうものが、厄介なものが、まだどこかに息衝いているはずだ。誰かに、我々の望む粉ミルクを、いまだに作ってもらっているのかも分からない。誰かに、それを指摘されるまで、指摘によってそれを放棄する時まで、我々のミルクは泰然とそこにある。




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