常夏のバリ島から凍てつく冬の日本にやってきて、コミンにはあまり面白い旅行じゃなかったかも知れない。
だって、夏しか知らない男に、冬の凛とした空気が云々など言ったところで何が分かるだろう。毎朝10時になっても布団から起きだせない状態のどこが楽しいだろう。
一日の殆どを布団の中で過ごしたあのとき以来、コミンは冬の日本に来なくなった。
ただ唯一、会うごと、電話で話すごと、嬉々として語る思い出は、古銭屋のおじいさんのことだ。
バリ島の人々は、古銭には願いを叶えるパワーが宿っていると信じており、こぞってコレクションしている。いや、コレクションじゃないな、もはや信仰の対象だ。その事情を知っていた俺は、せっかく高い旅費を払って日本まで来たコミンに、少しでも楽しい思い出を作ってほしくて、西川口のヨーカドー前にあった古銭屋「川口コインズ」に誘ったのだ。
凍てつく北風が吹きすさぼうとも、古銭と聞いては黙ってられない。店に着き、おじいさんの差し出すコレクションボックスを食い入る様に見るコミン。そのうち、探検家が宝の山でも発見したみたいな驚きの声で
「これはバリのお金だよ!」
と叫んだ。
「・・・いや、バリ島じゃないんだな、これは天命年間の皇帝が云々・・・」
おじいさんもかなりのマニアで、もっともマニアだから専門店をしている訳だが、すっかりバリ島からの珍客と意気投合して、あれだのこれだのを語りあった。
あの冬から10年の月日が流れた。
いまだにコミンは古銭屋のおじいさんの話をする。
また会いたいと言う。
おじいさんの店はすげいね、あのコインの中には、見たこともないすげえパワーの古銭があるよ、と。
連絡がとりたいから、電話番号教えて、と言われたが、残念ながら川口コインズは、もう無い。
おじいさんの消息も、とうにわからなくなっている。
どなたか、古銭趣味の方がこれをお読みなら、川口コインズのおじいさんの消息を教えていただきたい。
わが友、コミンは、もしおじいさんに会えるなら、たとえそれが冬の日本だとしても、ガルーダに乗って一目散に飛んでくるだろう。