
ひどい熱帯夜の午前1時、ごった返すホームから降り、人々はぞろぞろと線路を歩きはじめた。
いつまで待っても来やしない終電に、業を煮やしたのだ。
そぞろ歩くあの人の群れに加わるべきか、ずいぶん悩んだ。
だって、もし運転が再開し、歩く後ろから電車が突進してきたら怖いじゃないか。
でも、多くの人々が選択したこと、多数決の理屈からすれば間違いとも言い切れない。
どうしよう。
どうしよう。
随分悩んだ挙げ句、待つことにした。
ほどなく電車はやってきた。
ほら見たことか。
待てば海路の日和りなり。
俺は先頭車両の一番前に陣取り、線路を歩く人々がどんな運命をたどるのか、見届けることにした。
高揚するモータの音、加速する車両。
ヘッドライトは深夜の闇の、はるか先のレールを照らした。
レールは、どこまでも続く二つの太刀のように、鋭い反射で輝いた。
!
線路を歩く人々が見えてきた。
電車は警笛を鳴らすが、到底間に合わないスピードだ。
人々がこちらを振り返り、あり得ない形相で身構えた刹那、にぶい衝突音を無数にたてながら、しかし電車はスピードを落とすことなく、遅れを取り戻さんとばかり、闇の中を突進した。
まるで何事もなかったかのように、電車は次の駅に到着した。
車内アナウンスが冷ややかに流れた。
「線路を歩く方をお待ちするため、しばらく停車します」
線路を歩く方々は、もうこの世の方々ではないに違いなかった。何を待つというのだろう。まさか、切り刻まれたゾンビ状の方々を待つでもあるまいに。
先頭部分がどうなっているか興味津々だったが、まともに見ることは出来るまいと、見に行くことはしなかった。
10分後、何の説明もないまま、発車のオルゴールが鳴り、何の説明もないまま、ドアが閉まった。
結局、誰も来なかった。
高揚するモータの音。
スピードを上げつつある車内に、やけに落ち着きはらった調子のアナウンスが響いた。
「ご乗車の皆様にお願い申し上げます。線路を歩くのは大変危険です。絶対におやめください」