寝ている最中に寝ぼけて鼻をほじってて、その挙句出てきた鼻くそは、どの様に処理すればいいのだろう。

几帳面な俺は、寝室が汚れるのが嫌なので、その都度起き上がっては「やれやれ」と思いながらティッシュペーパーを探す。

まどろんでいたのにまた最初から睡眠のやり直しだ、と思いながら再び布団に入る。

こんな時、皆はどうしているんだろうか。面倒くさいからほじった鼻くそをそこらに「ぴんっ」と打っ棄ってしまうのだろうか、それとも古典落語に出てきた話の様に、もう一度自分の鼻の穴に戻すのだろうか。

何につけても几帳面であるという事は、何か事がおきれば普段の生活よりも動作を増やす事になり、動作が増えるとその分見えてくる世界も違ってくるのだが、鼻くその処理如きの手間は睡眠時間を削ってでも見たい世界と言う程でもない。

鼻くそは鼻くそだ。実にめんどくさい。

そして布団の中で「何で鼻くそは出来るのかな」とか、そんな事を考えながら夢の世界に再出発するのだ。

しかし、面倒だと思っていても、その実いざやってみると思いのほか楽しくて、「やっといて良かったな」と思える動作もある。やっといて良かった、めんどくさがらずにやっといて正解だったと思えるのは、事を終えてからしばらくたって感じるものである。

何でもやらなければ思い出は作れない。我々の最も大切な財産、それは思い出だ。

そしてどうせ作るなら「いい思い出」だ。鼻くそなんかじゃ面白くない。

俺のクラブ通いだって、ステキな思い出作りの一環なのかも知れない。クラブはただ踊りに行くばかりでなく、そこに出会った様々な人々との思い出作りの場でもある。

しかし、最近の俺はクラブに出向かなくなった。何故ならば、自分の店を閉め、違う仕事を探すための重要な期間であるからだ。クラブに行きたいのもやまやまだが、就職のためのあれこれを考えると、おいそれと遊びに出れないのが現実である。

いや、この話の導入部分に照らして考えると、その表現は正しくないだろう。本当の事を言うと、めんどくさいのだ。今までどおりの生活パターンであれば、一週間の流れは大体決まっており、週末はアゲハで踊るんだ、というのが通常パターンとして組み込まれていたから足繁く通っていたのだが、生活パターンが変わった今となっては、それよりも重要な何かが俺の中にある。それが邪魔をして以前の享楽に浸る事が出来なくなっていたんだ。

しかし昨晩は違った。久しぶりにアゲハに出掛けたのだ。就職の事で頭の中がスポイルされている最近にあって、何故俺がアゲハに出向いたのかと言うと、友人からのお声掛りがあった為だ。友人は大阪と東京を行き来しており、たまたま週末は東京に居るから、一緒に遊ばないか、と電話をよこして来たのだった。

ここで断る事も出来た筈なのだが、就職に頭の中を支配されっぱなしというのも健康に良くないな、たまには踊ってスッキリするか、そう思い込む事にして申し出を受けたのだ。

ぶっちゃけると、誰かが誘ってくれないかな、と思っていたふしもあった。でもそれを自分で認めてしまっては、鼻くそをほじくりだして、そこらへんに「ぴんっ」と捨てているみたいで嫌じゃないか。

自分の思惑にも几帳面な俺は、「誰かの頼みがあるから行くのだ」という大義名分があったからこそ遊びに出たのだと思う。

実につまらぬこだわりだ。

























ゲストDJのドタキャンもあって、当初はそれほどたくさんの客など来ないだろうと高を括っていたのだが、どうやらそうでもなかった。エントランスには短いながらも行列が出来ていたし、渋谷、六本木から来るシャトルバスからはぞくぞくと客が降りてきた。

ああそうか、インビテーションを消化するには今日しかないんだな、後になってから思った。かく言う俺も、インビテーションを使っての入場だったから。

いつも俺を「免許証じゃなく顔で」入場させてくれるIDチェックのお兄さんが短髪になっていた。「似合いますね」と言うと「もうずいぶん前から短髪ですよ」と言われてしまった。それくらい通う頻度が落ちていたという事だ。たまたま今日は来れたが、次はいつ来るかなんて見当もつかない。就職が上手くいって土日休みが確定になるなら来れない事も無い。でもまだ分からない。分からないうちは遊びの予定だって分からない。

時刻は午前一時。エントランスを抜け、持ち物検査を受け、最初のフロアである「アイランドバー」に至る行程は、もう何度となく見てきたセレモニーだ。それは映画が始まる前に出てくる製作会社のクレジットロールみたいなもので、その都度違った経験をさせてくれる時間の幕開けにふさわしかった。

他の客はどうか知らないが、俺は大抵そのまま一番奥にある「ウォーターバー」に直行する。例えどんなDJが回していようとも、居心地の良さを考えるとウォーターバーなのだ。そこで酒を買い、夜空を見上げながら葉巻をやる。贅沢な気分に浸ってから猛然とアクセルをふかし、様々なアトラクションに踏み込むのが気持ち良いんだ。なので昨晩だって俺はまずウォーターバーに行った。

行って驚いたのは、まだ午前一時だと言うのに、プールサイドが寿司詰め状態になっていた事だった。こりゃいかん、夜空を見ながらゆっくり葉巻なんて雰囲気じゃないな、やむを得ずウォーターバーのカウンターの端っこで大好きなパスティスを飲んでエンジンに火を入れるタイミングを見計らった。

テキーラ売りのルチアーノの姿が見えた。お供のお兄さんが手にしているのは「冷凍庫でキンキンに冷えた、ボトルに霜の付いたクエルボ・ゴールド」。うまそうだ。ここで買わない手はないだろう、挨拶がてらテキーラを買う事にした。

「久しぶり」と声を掛けると、どことなくあっさりと「あら久しぶり」と返された。以前のルチアーノからもらえる挨拶とちょっと違う何かを感じた。ひょっとしたらアレかな、俺が迷惑を掛けてしまってたりして心象を悪くしちゃったかな、何ぶんやる事は大胆だがその実小心者の俺は、色んな事を考えた。それはどんな話かと言うと、インターネット上に様々な書き込みをして、ひょっとしたら迷惑を掛けているのではないか、って事だ。もちろんイメージを損なう様な書き込みなどはしないが、どことなく馴れ馴れしい雰囲気を醸し出してしまったふしがある。それがいけなかったかな、とか色々考えた訳だ。実際のところは分からない。でも、どんな発言が、どんな所作が、対象になる人の心琴にふれるか分からないじゃないか。俺はそこらへんガサツだからなぁ。




























気を取り直して野外のプールサイドに進み、星空の下、Taxi‐Hifiの回すレゲエに体をゆすった。ゆすって